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第11話 十一桁、十一日

 電話番号をもらっちまった。  連絡がいつでも取れるようになっちまった。  ――どうすっか……これ。  そう憂いの溜め息をつきながら、十一桁の数字が並ぶ紙切れを眺めていたのが、ちょうど、十一日前のこと。  名刺でもなければ、スマホでちゃちゃっと番号交換、でもなく、ひとり暮らしにもかかわらず家電があって、その横にペンと一緒に置かれたメモ用紙で番号を書いて渡すところがあいつらしいな、なんてこっそり笑った日から、すでに十一日も経っている。  いやいや、連絡しないだろ。何せ俺は職場でゲイだとカミングアウトも、バレる気もない。だから、連絡はするつもりはない。そう思ったのが十一日……。  なのにっ! そっから、一切コンタクトなしってどういうことなんだよっ! おい! シチサン! 「っくそ」  同じ職場じゃないみたいに、まるで見かけない。  おい。俺の番号知りたいんじゃなかったのか? 知りたいけど、真面目なお前はタクシーを待たせて申し訳ないから、こっちからの連絡を待ってるんじゃなかったのかよ。 「…………」  お前が勝手に電話番号押し付けて来たんだろ。お前が連絡取りたいと思ったから寄越してきたんだろうが。お前が望んでんだろうが。俺は、別にっ。 「おー、どうした、そんなこえぇ顔して」 「! ぁ、す、すんません」  バッテリー交換待ちでボンネットの開いた車をつい睨みつけてしまっていた。それをチーフが、バッテリー以外で何か不具合でもあったのかと、怪訝な顔をした。慌てて違うんだと首を横に振ると、ならよかったと笑って、その場をあとにする。  こえぇ顔、してた、のか。  怖い顔、するようなことでもないのにな。  むしろ怖い顔をするようなことなんてひとつもないだろ。  職場では自分の恋愛事情を知られたくない。だから、三國が連絡をしてこないほうがありがたい、はずなのに。  営業と現場スタッフはミーティングだなんだと顔を合わせる機会がある。同じ店舗スタッフとして、一致団結っていうやつ。けど、向こうが外出していたり、こっちが現場で急遽入った短納期の車体にとりかかってたりで、職場でも顔を合わせていない。 「……」  いや、十一日間の前半は、俺が逃げていたんだ。全体朝礼に顔は出さず、整備部のほうの朝会にだけ出席したりして、あいつのことを避けていた。営業フロアでスーツを着て仕事をしているあいつと、ツナギ着てオイルで手を真っ黒にしながら現場で仕事をしている俺の接点はそう多いわけじゃないから、意図してどうにかこうにか逃げ回っていた。  男ばっかの現場で働く俺は、同性愛者だと知られたくない。だから、あいつとはあんまり関わらないほうがいい、そう思ったんだ。  思ったのに、あまりに簡単に会わずに済んだら、なんか、むしろ拍子抜けっつうかさ。一度もすれ違わない。顔も見かけない。会う機会すら全くない。そのことに少しばかり戸惑って、そして――。  なんか、気になったんだ。気になりだしたら、今度は顔どころか背中すら見かけないことに焦れを感じ始めて、苛立つ。けど、不自然だろ。同じ店舗で働いてるのに顔すら見かけないなんて。  避けられてるとしか思えない。自分が避けていたように。そう気が付いたのがちょうど休みの日の午前中。とくにするこもない休日に仕事に出かけるスーツ姿をベランダから見つけて、三國を思い出すくらいに、何かが、重症になりかけた頃のこと。  まぁ、ありえる、よな。  インポじゃないとわかったけれど、それが男相手限定なのか、今だったら女もいけるのかどうか、色々試してみたかったり。男限定だとしたって、俺ひとりなんて絞る必要はないんだから。むしろ、今まで溜まってた分をあっちこっちで発散したくなるかもしれないだろ。  あの顔に、あの身体だ。相手を見つけようと思えばいくらだって。 「天見さーん、作業指示書です」 「あ、あぁ……ありがと」  つい、右端のハンコを確認した。指示書発行者のところに三國のハンコは押されていなかった。  その次に納期を確認して、承諾をした。 「一週間後、了解」  あいつから連絡なし、これで十二日目に突入する。  ――あの、これ、俺の番号!  そう言ってあいつがメモを差し出した時の顔を思い出したのはこれで何度目だろう。  確かめるように何度も思い出したんだ。必死だったか。それとも適当だったか。俺がタクシーを待たせてるからと、玄関扉を閉めようとした時、あいつがどんな顔をしていたか。  何度も確認して。 「宜しくお願いしまーす」  確認したところで、何もどうもしないっつうのに。どうにもなりたくない、はずなのに。気になって仕方がない。  どうにもなりたくなんてない。  そう、職場の奴とセフレなんて、そんな危ないこと絶対に遠慮したい。  けど、ほら、久しぶりに連続でネコやって、それが、まぁ身体の相性が宜しかったらしくて、気持ち良かった。童貞だとは思えないくらいに、何度も――その、夢中になったっつうか。だから、身体が無性に欲しがるっつうか。 「歳は?」  つまり、快楽欲しさってだけだ。 「あー、二十五くらい」 「へー、あんま見えないね」 「あはは、それどういう意味? 上に見える? 下?」  それなら、快楽だけ得られる場所を知ってるだろ。 「好みだなぁ」  そっちに行けばいいだけの話だ。気持ちイイことだけができる場所へ。何も相手は三國じゃなくたっていいんだから。あの晩も本当はここに来ようとしてただろ。 「俺みたいなのが?」 「うん。すごく好み」  けど、身長もあって、筋肉もあるような男をネコにしたがる奴はあまりいない。ガチムチ系ネコが好まれるハッテン場もあるけど、俺はそういうとこ行ったことがないし。やっぱ、馴染みの場所のほうが何かとさ。 「珍しいな、俺みたいなのが好みだなんて」 「そう?」  ニコリと笑って、立ち飲み屋にあるような小さな丸テーブルに肘をついた男が、俺を欲しがった。身長は俺と同じくらい、体格は良さそうだった。スーツも上等そう、撫で付けてセットされた髪は偶然にもシチサン。 「顔がすごく好みなんだ」  もちろん、あいつほどダサいシチサンじゃないけど。こっちはメンズファッション雑誌にでもいそうなシチサンで、あいつとは。 「細いばかりのネコさんよりも君くらいしっかりしてる男性が気持ち良さそうに喘ぐのって、最高に好きなんだ」  あいつとは。 「どう? 俺はあまり好みのタイプじゃない?」 「あ……」  顔がカッコよかった。センスもいい。なんでこんなハッテン場で男を見つけようとなんてしてるんだろうと疑問に思うくらいに、良い男が、俺を所望するなんてこと、あるんだな。本当にマジでカッコいい。  カッコよすぎて、違いすぎて。  ――ブブブブ 「!」  あいつの、ダサいシチサンを思い出した。

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