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第15話 もう一つの十一
「んっ……」
ズルリと抜ける瞬間まで震えるくらいに気持ちイイなんてこと、あるのかよ。
「ぁっ」
「誉さん」
「んっ」
震えて、身体の奥から快感が沁み込むみたいに広がるのを感じて、指先が壁にしがみつくように力を込めようとした。
「ン……ん、んっ……んくっ……」
けど、その指先は真紀に絡め取られて、そのままキスをされた。舌をしゃぶり合って、口の中をまさぐる激しいキス。
「んっ……」
「誉さん」
そんなキスをし終われば、離れた真紀の唇が唾液でびしょ濡れだった。きっと俺も、びしょ濡れになってんだろう、なんてぼんやりとその唇を見つめて、その唇が俺の名前の形に動いたことにドキッとして。
「な、何?」
ドキッとしたことに、ドキッとした。
だってそれはよく恋愛をしていると起こる現象だったから。やっぱり、俺はこいつのことをそういうふうに思ってるんだと、見つめながら考えてしまった。
気がつかなきゃよかった。
「気持ち、良かった?」
いや、いつか気がついてたんだろう。この二週間だって、気がつかなかったんじゃない。そこに到達しないように回避してただけのことだろ。
「? あ、あぁ」
なんてこった――だ。まさか、そんなふうに自分の気持ちが進むなんて思いもしなかったんだ。久しぶりだからって浮かれてるのか? たしかにいろんなものが好みではあったけど、だからって。
戸惑いと一緒に溜め息がつい零れた。そして、その吐き出した溜め息ごと抱えられて、ちょっとびっくりした。
「ま、真紀?」
「……」
強い力だ。まさにバカ力。けど、そのきつさにすら、なんか心地良さを感じるくらいには、今、俺は浮ついてるらしい。
「あの、誉さん」
「ん?」
「気持ち良かったんなら、また、してくれますか? その、セックス」
ほら、今度はこの真面目な男の口からセックスなんて言う単語が出ることにすら、じわりと疼いてる。
アホかよ。
バカになったのか? 久しぶりにすぎて、どっかタガが外れたとか? ここ、職場だろ。ハッテン場でもラブホでもないんだから、二ラウンド目なんてないに決まってる。
「それより、俺、ほぼ全裸」
「へ? あっ! すみっ!」
「それに、お前も俺も、ぐちゃぐちゃ」
「ああああ!」
びっくりするほど大きくて間抜けな叫び声が現場にこだまする。
「手、お前の、手がドロッドロ」
「……」
見れば呆れるほど吐き出してた。気持ちよかったんだろうなぁなんて、むしろ第三者みたいに思いたくなるくらい、こいつの手を汚していることが急に恥ずかしくなって、奪うように手を取ってしまう。胸まで捲り上げていたTシャツを脱いで、それでとりあえずで拭ってやった。
「悪い。シャツに付いてないか?」
「……」
「真紀?」
「! つ、付いてない、ですっ!」
ボーっとしたと思ったら、覗き込んだ途端に真っ赤になって、姿勢を正す。生真面目で、眼鏡にシチサンがよく似合う普段の真紀だ。
「それより、Tシャツが! その、俺、ハンカチ持ってました!」
「汚しちゃうじゃんほら、眼鏡」
「あ、はい」
手もオイルまみれだから、無造作に机の上に置かれた眼鏡を指先で摘むと、真紀の掌まで運んでやった。受け取って、それを装着すれば、本当にセックスをたった今してたとは思えない営業マンに変身する。
「Tシャツ」
「へ?」
「着替え持ってきてるし、着替えるから」
「あ」
そうか、と、口をぽかんと開けた真紀は可愛い感じがする。お姉さま方に可愛がられそうなそんな男なのに。
――ここ?
俺に覆い被さる真紀はセクシーでそそられる男の顔をするんだ。ホント、まいる。
「はぁ」
ひとつ溜め息をまたついて、まだ余韻が内側にしっかりと息づく身体を無理矢理更衣室へと向かわせた。
仕事着を脱いで、そのまま鞄に突っ込み、ついでに今さっき吐き出して拭った自分の精液つきのTシャツも突っ込んだ。もう誰もいないんだかまうことないだろ。普段は手を洗ってから着替えるけれど、パンツ一丁のまま水道まで行くと、機械油専用の石鹸で手を洗う。
「……ふぅ」
服を着替え終わると少しだけホッとする。仕事で扱うのが車だから、ずっと緊張しっぱなし。八時間、残業があればそれ以上の時間、神経を張り詰めさせてる。整備士の俺が何かをちょっとでもミスればそれは大事故に繋がりかねないから。
けど、今日は別の意味での安堵の溜め息が零れた。
安堵というか、満足というか。
「あ、誉さん」
気持ち良かった。ものすごく。
「もう裏口以外の施錠確認してあります」
「……ありがと」
場所が場所だけど、仕事直後だけど、もし万が一のアクシデントがあったら、大変なことだったけど。
二週間ぶりのセックスはとても気持ち良かった。
「……誉さん」
そんな物欲しそうな顔とかされて。
「……」
何を欲しがってるのか丸わかりになる沈黙とかされて。
「ねぇ、真紀」
「……」
「俺、職場にバレたくないの」
どーすんの? 職場の奴なんてまずいだろ? そう、自分を諭すには、二週間ぶりの真紀のキスはおいしくて仕方なかった。
もう、遅かった。この繋がりをなかったことにするには、手遅れだ。
「だから、はい」
そして、スマホの通話マークを指で押す。
「あ、あれ? ……んだよっ」
たまに押せないんだ。機械油専用の石鹸を使って手を洗うから。油分をごっそり持っていかれる。たぶん、そのせい。よく仕事の帰りはスマホが反応しにくくなるから。
「番号」
「……! はっ、はいっ! どうぞ、ここに」
差し出されたのは、営業マンらしいブラウンの皮カバーのついた手帳。デジタル管理じゃなく紙でアナログっていうところが、こいつらしいなって思った。
そんなこいつは、俺が書いたただの十一個並んだ数字を見つめて、とても嬉しそうに微笑んでいた。
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