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第16話 困った人

 連絡ができるようになってしまった。 「よかったじゃない」  ゲイバーの片隅で、レンがしれっとした顔でそんなことを言って、ピーナッツの殻を受け皿に向けて投げた。けれど、その殻は皿に入ることなく、ポトリと脇に落っこちた。 「……よくない」  好きになったとは言っていない。口にしたら、それは確定になってしまうから。今は、ほら、「好き」に似た気持ちがテンションの盛り上がりとともに発生しただけかもしれないだろ。気持ち良くて舞い上がって、雰囲気だけで好きになったような錯覚を起こす厄介なテンション。 「なんでよ。ハッテン場にいたのにやっぱり帰るとか情緒不安定なくらい気になってたんでしょ?」 「なっ」 「あぁん! やっぱり、あの童貞君じゃなくちゃダメだ! キスも、もっとえっちいぃことするのも、もう童貞君とじゃなくちゃっ」 「んなっ、そんなわけっ」 「って、思ったんでしょ?」  次のピーナッツの殻は受け皿にちゃんとゴールインした。その結果にレンが満足そうに笑って、肩を竦める。 「いいじゃない。楽しいじゃん。恋って」  そう、そこが問題だ。 「……恋じゃない」  だから浮かれることも、のぼせ上がることもできないんだろ。かといって、冷まして固めて冷凍庫で永久保存することもできない。もちろん、捨てることもできそうにない。今のところは。だから困っている。 「恋じゃないって?」 「……」  身に覚えがありすぎる。何度も言うけれど、昔はレンと同じくらい相手には困らなかったんだ。恋人にも、セフレにも。そんでもって、良いのか悪いのか、快楽に弱いというか、セックスは好きなほうだった。だから、けっこう派手に遊んでた時期がある。  そして、そんな過去の「時期」の中で、セフレに恋愛感情を持たれたり、ヤキモチらしきことをされたりすると、すごくさ。  ――困ったなぁ。  なんて思ってた。  その困ったなぁに、きっと今の俺は該当している。 「あるじゃん、セフレなのに、セフレの域超えてくるなよっていうかさ」 「……」 「それ」  はぁ、と溜め息をついて、残っていたハイボールを煽った。 「……あらあら、恋愛しなさすぎで勘鈍ってるのねぇ」 「レン? 何? なんか言った?」  騒がしい店内で低く男声で言われたから、ちっとも聞き取れなかった。 「なんでもなーい」 「?」  レンは笑って、恋愛って楽しいよねと、ちっとも会話が繋がってないことを言って、追加にシーザーサラダと俺のハイボールを注文した。  ガキでアホで遊びまくってた俺みたいに、真紀がアホだとは思ってないけど、俺のことが好き、とかじゃないのはわかってる。だって、じゃなかったら訊かないだろ?  ――気持ち良かったんなら、また、してくれますか? その、セックス。  そんなこと、言わないだろ? 気持ち良くなかったら次はないってことだ。その言葉には、俺は気持ち良かったから、また次もあったら嬉しいって思っている、そんな響きを含んでる。  だから、俺はただの困った人だ。  セフレの域を超えた、困った人。 「三國さーん」  その声に、つい、手が止まった。あれはフロアスタッフの女性のだ。トイレ休憩から戻るタイミングで見つけてしまった、引き止められて何かを一緒に覗き込む真紀と、うんうん、頷いて最大限の笑顔を向ける彼女。なんの話をしているのかはわからないけれど、何となく楽しそうだった。  そんで、その光景にいらないイラっとした感情を持つ困った俺。  あの四度目以降、ウソみたいに職場で真紀を見かけるようになった。まぁ、廊下を挟んで二階にある営業事務所。そこを下りてすぐ、お客様フロアの隣は整備工場なんだ、二週間一切顔を合わせないほうが難しいだろ。  そして、関係は、この困った感情を持ったまま続いてる。  五度目は、ラブホでした。  六度目は、また真紀の自宅で。  そうやって回数を数えることはしなくなるくらい、この「肉体関係」が続けている。 「おーい、天見」 「あ、はい」 「悪いんだが、あっちの倉庫のタイヤ、片付けるの手伝ってくれるか?」 「いいっすよ」  外に並んだタイヤの入れ替えだ。季節の変わり目。これからの時期冬タイヤに替える人が多くなるから駐車場の整備工場手前に並べるタイヤも模様替えになる。 「しっかし、秋だっつうのに、あっついなぁ」 「そっすね。今年は夏が長いって」 「らしいなぁ」  その夏に真紀とこの関係になって、季節は秋へ。 「本当に、まだ夏みたいな陽気だな」  空はトンボも飛び交う秋らし高い空なのに、陽差しは夏の強さをまだ持ち合わせているから、見上げたチーフが眩しそうに手で陰を作っていた。 「あ、あぁっ……ン、ぁ、真紀っ、ン、あぁぁあっ」  ぱちゅん、ぱちゅんって濡れた音が響いて、ずんと奥を射抜かれ、背中が折れそうほどしなる。 「早い?」  バックで、四つん這いで、尻を鷲掴みにされていた俺は、真紀に吐息混じりで乱れた声にチラッと視線を投げた。 「ン、ちょっと、早、い、なんか、あった?」 「……」  今日は、なんでか性急だなって思った。仕事上がり、スマホに表示されたメッセージは居酒屋の待ち合わせ時間じゃなくて、「今日、会えますか?」だった。  そして、待ち合わせて、会ったら、そのままラブホテルへ直行。互いに車通勤だから、飲みに行く時もそう、真紀が住んでいる駅チカの完全ひとり暮らし用のマンションのほうが、コインパーキングやらがあって、色々勝手がいい。 「仕事、忙しそうでしたね」 「え? あ、あぁそうだな」 「チーフと……」 「え? あぁ、ンっ……そこっ、好きっ」  今日もそこに俺の車を停めた。そして、居酒屋には行かず、そのまま真紀の車でラブホテルへ。 「ごめん、なんでもない」 「……」  着いて、部屋に入ってすぐ深くて濃いキスから始まった。 「真紀、早い、けど、平気……そのまま、来て」  もう何度目かと数えるのを止めた、真紀とのセックス。 「気持ちイイよ」 「ほま、……」  このキスはちょっと雰囲気ありすぎたか? 自分から背中をよじって、引き寄せてしたのは、触れるだけの、優しいキス。レンアイの雰囲気がしそうな甘めのやつだ。  唇が離れると、間近、こめかみの傷に皺が寄るほど睨むように、じっとこっちを覗き込まれて、慌てて視線を逸らした。  やっぱ、やめときゃよかったな。  そう、後悔しかけた俺の腕を引いて、そのまま脚を大胆に抱え上げられたと思ったら。 「誉さんっ」 「ぁ、んっ……あぁぁぁっ、ン」  グリッと体位を入れ替えられて、中のペニスに内側を満遍なく可愛がられてたまらない。 「ん、ぁっ、体位、変えるなら、言えってば」 「ごめん。顔見たい」 「……」 「貴方の、イく時の顔、エロくて……とり、占めしたい」 「あ、あぁぁぁぁぁっ」  甘い悲鳴を上げてしまって、エロくて、のあとの言葉が聞こえなかった。  最初の頃よりもずっと気持ち良いんだ。セフレだってことも忘れそうなほど、俺の好きなところを攻めてくる。前立腺の少し奥、そこを正常位で、腰を持ち上げられて、ペニスで擦られると、おかしくなりそう。 「あ、すごっ……ン、気持ちイイ」 「誉、さっ」  セックスの時に聞ける、真紀の俺の呼ぶ声はセクシーで好きなのに、自分の喘ぎが邪魔で、ちゃんと聞こえない。だから――。 「あ、もっと」 「誉さん?」 「もっと、呼んで、たくさん、して」  だから、そうねだった。

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