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第17話 密室

 今日は、ちょっとテンション抑えられてなかったな。なんか、甘めな感じになった。  そんなセックス後の、賢者タイム、というべきか? 事後の気だるさの中、真紀の運転する車に揺られながらの反省タイム真っ最中だ。  いや、別にセフレとのセックスだって、甘いキスはしたし、甘い言葉でおねだりだってした。雰囲気出すためのアイテムとして。けど、そこに気持ちが乗っかるというかアイテム以上の意味が盛り込まれてると、色々違ってきそうだろ。  そういうのを察知すると、途端にげんなりした……こともあった。  なんて、過去の自分の経験を思い返して、反省したり、気持ちが沈んだり。セフレを装いながらっていうのはけっこうしんどいなと溜め息が零れたり。 「腰、気だるいですか?」  それでも、また、したいと思う。 「……なんで?」 「いや、今日は、その……」  入ってすぐの行為をそっちはそっちで振り返って反省してるのかもな。 「俺は、気持ち良かったけど?」 「本当ですか?」  俺の答えに真紀の声が弾んだ。  部屋入った瞬間に奪うようにされたキスで、テンションがぶっ飛んだ。その結果、今、好きオーラを出しすぎたんじゃないだろうかと反省してるわけだけど。 「あぁ、けど、あんまがっつきすぎないほうが、いいかもな」 「……」 「どんだけー、ってビビられることもあるかもよ」 「……そうですね」  実際、そうだよ。俺が真紀のことを完全セフレだと思ってたら、色々「おいおい」って思ったと思う。あっつい中仕事して終わって、呼び出されて即かよ。性欲処理機じゃねぇよって思うかもしれない。  あー、なんか自分でその単語を胸の内だろうと出したらちょっと悲しくなりそう。  性欲処理……とか。  そう、その単語に傷つくのも、がっつかれて引くどころか嬉しくなって、こっちからも求めたのも、この男のことを好きだから。  まさかの片想いを今更してるから。 「あと、腰、だるくないから、気にしなくていいよ」 「え?」 「運転、そっと、にしてくれてんだろ? 後ろ、めっちゃ煽って来てる。お前のこと」 「あ……なるほど、だから眩しいのか」  なるほどって、呑気っていうか鈍感っていうか。  気が付いてなかったのか? ハイビームで、車体ギリギリまでくっつけて、ほら、すごいわかりやすい。オラオラモード全開で法定内速度をしっかり守った運転に、まさかのポンピングブレーキ。この時間帯だ。向こう運転手にはイラっとするんだろ。  俺は、気が付いてたよ。煽られてるのも、煽られるほど、お前が俺のことを気遣ってそっと運転してくれてたことも。 「気にしません。俺は交通ルールに乗っとって運転してます」 「っぷ、あははは」  きっとモテるだろうな。  もしも、お前が誰かを好きになったら、その眼鏡を取ってキスをするような相手が見つかったら、相手はすごく夢中になるだろう。それが男でも女でも。 「真面目」  そう言ってケラケラ笑っていたら、手前の交差点、信号が赤になった。一回、二回、三回、小さくブレーキを踏んで、少しずつ減速していく車は優しくて、後ろのハイビームが眩しくてクラクラする。 「……誉さん」 「んー?」  あまり狭い車内では目を合わせないようにしてた。つい見つめそうになるから。 「……あのっ」  プップーッ!  必要以上にけたたましいクラクションが信号はもう青だぞと教えてくれた。そして、走り出す車はまたゆっくりで、しびれを切らした後続車は辛抱ならなかったのか単純にそっちへ行きたかったのか、別の道へと曲がっていった。 「お前のせいで後ろの車怒ってたぞ」 「知りません」 「俺なら大丈夫だってば。腰も身体も、どこもなんともな、」  平気だから普通に走れよっていうつおりだった。でも、運手をしたまま、真紀は前を向いたまま。ハンドルを握っていたその左手が、膝の上に置いてある手にわずかに触れて、そのことに飛び上がるほどびっくりして、言葉が途切れた。 「……が、大丈夫、じゃな……んだ」 「え?」  ちっとも聞こえなかった。何かをぼそりと言われたけれど、何の話をしているのか見当もつかないほど聞き取れなかった。 「ティッシュ、取っていただけますか?」 「え? あ、あぁ」 「ありがとうございます」  鼻でもかむのかと思った。けど、真紀はそれを手に握っている。  はっきりと語尾がちゃんといちいち切れる敬語。仕事の時もそう。なんもかんもが四角でできあがってそうな感じ。それが逢瀬の時だけ崩れて、ぐちゃぐちゃになる。  そういうとこも、きっと相手にとってはツボ、だろうな。  俺には、ツボだった。  ――ごめん。顔見たい。  すげぇ、ツボをゴリ押しされる。身体の中も、気持ちンとこも全部、突かれて喘ぎが止まらない。 「……着きました」 「へ? ぁ」  セックスの時の乱れた呼吸混じりのこいつの声を思い出してる最中だった。助手席のシートに深く身体を預けて、俯きがちだった俺はその言葉に顔を上げて、目が合ったお前にうろたえる。 「な、何?」 「……いえ」  じっと見つめられたら、何かと思うだろ。キス、でも、されるのかと思っただろ。この密室で数秒間の無言、セックス後の甘い。  甘い、わけがないっつうの。 「そ、それじゃ。お疲れ」  なんか今日の俺はあんまり上手くできてない。 「誉さんっ!」  上手く「セフレ」風に接してられてない。だから、急いで車から降りようと思った。この密室のせいだってことにして、深呼吸でもすれば少しは落ち着くかと、思ったのに。 「あの」  腕を引っ張られて、出ようと思った助手席に戻される。そして、また密室の中だ。ドアは開いているけれど、息がしにくくて仕方ない。熱くてのぼせそうなんだ。のぼせてふらついて、そのままいらないことをしそう。たとえば――。 「あのっ、今度の休み、水曜! ですよね!」 「……」 「俺も、その日休みなんです! だから、そのっ」  たとえば、恋人みたいに。 「その、一緒にでかけませんか?」  おやすみのキスなんてしそうだから、逃げたかったんだけれど、まさか、真紀に、まるで恋人のようにデートに誘われるとは思いもしなくて、しばらく、この密室でぽかんと口を開けたままだった。

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