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プロローグ
B棟の学食から出ると、その先の職員室から出てくる白衣の教員の姿が見えた。
新井洋平 は立ち止まり、制服のポケットに片手を突っ込んだまま、もう片方の手で長めの前髪をかき上げる。
(あれ、美術の新任だっけ……)
学食の中とは違い、そこを出た通路は静まり返っていた。
もとより学食に来た生徒がうろちょろとする場所ではない。三階の特別教室には二階の渡り廊下から行き来できるのだ。にも関わらず洋平がここにいるのは、この先の職員用トイレを借りようとしていたから。
本来なら生徒の使用を禁止してはいるが、洋平は常習犯である。それに職員が目を瞑ってくれているのも、洋平が生徒会会計という役職にあることと、おちゃらけてはいるがそつのないコミュニケーションで教員のみならず、事務員や用務員の大人たちと仲良くなってしまう陽気な性格のおかげとも言えた。
それでも見つかれば苦笑混じりに注意を受けるのだが、今回もそうだろうかと足を止めたのだ。
しかし、白衣に眼鏡をかけた教員は、何かの資料らしき物を小脇に抱え、洋平に気付くことなく左の階段へ向かっている。
その二人の距離が次第に近づき、洋平はその新任の顔を見て驚いた。
教員には勿体無いほどの整った顔立ちだったのだ。
眼鏡が邪魔をしているが、洋平の審美眼は確かである。
長めのさらりとした髪がその白い額と耳朶や首筋を隠し、野暮ったく見せてはいるが、そのパーツは地味な教員というには整いすぎている。
興味を惹かれた洋平は、声を掛けようと脚を踏み出した。その時、ちょうど目標の人物の脇からするっと一枚の紙切れが落ちる。しかし当人はまったく気付くことなく階段を上がっていく。
洋平は自然とその落し物に注意がいき、声を掛けるタイミングを逃してしまった。
軽快な足音が上階へ向かう下で、腰を屈め、その紙切れを拾った洋平の目が驚きに見開かれる。
「……へぇ?」
だが、次には陽気な性格の洋平の口元が、にやりと歪んだ。
面白い物見つけた、と洋平はその紙切れ――写真を、後ろのポケットへ入れると、ご機嫌な様子でトイレへと向かったのだった。
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