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一.

体育祭後の中間テストも終わり、しばらく生徒会も一息つける六月。  鬱陶しい雨は降り続き、イベント後の脱力感がなんとなく校舎の中には蔓延していた。  気の抜けたような空気の流れる廊下を歩き、洋平は階段を軽快な足取りで降りてゆく。少し長めの、波打つ明るい髪がひょこひょこと動く。余分なラインを削ぎ取った、丁寧に造形された彫刻のような横顔に、すれ違う生徒の何人かが声を掛けたが、洋平はにこやかに軽く挨拶を返すだけで、足を止めることはなかった。 「おつかれー」  一階の生徒会室のドアを開けると、中にいた二人が顔を上げた。 「新井、今日は来ないとか言ってなかったか?」  副会長の浅尾が専用のデスクで、不思議そうな顔をする。その斜め向かいにいたのは、書記の藤田。  癖のないさらりとした黒髪の、綺麗な顔をした方が浅尾。藤田は見るからに爽やかなスポーツ少年といった雰囲気で、どちらも洋平と同じ二年である。 「会長は?」  浅尾の問いには答えずに、洋平はさっと部屋を見回して誰ともなく聞く。すると一年から付き合いのある藤田が「校長室」と端的に教えてくれた。 「校長室? なんかあった?」  会計のデスクに腰掛ける洋平に、向かい側の浅尾が軽い溜息をつく。それで洋平は会長不在の理由に何となく気付いた。 「理事長がお出ましだ」 「――ああ、ね」  やはり、と小さく頷いて、洋平は何もないデスクに両腕を置いた。 「じゃあしばらく戻ってこないなぁ」  この学園の理事長は月一程の頻度でいきなりやってくる。そして学園内の様子を校長や教師からだけでなく、生徒会長にも聞くのだという。具体的な話の内容は知らないが、毎回一時間ほどは戻ってこないのだ。  壁掛けの時計をちらりと見た浅尾はすぐに視線を手元に戻し、ファイルの書類を見ながら口を開く。 「多分、6時は過ぎるだろうな」 「マジ?」  大きく顎を上げて溜息をつく洋平に、隣のデスクの藤田が首を傾げる。 「何か聞きたいことでもあった?」  別に俺たちでもいいだろうと言外に含めた同級生に、洋平は頬杖をつき、ちらりと同じ生徒会のメンバーを見つめた。 「美術の新任のこと知ってる?」 「え、あー。俺、美術とってないわ。浅尾は?」  藤田に振られた浅尾がファイルから顔を上げ、小さく頷いた。 「赤坂先生だろう。何度か会長と一緒に話したことはある」 「へえ? どういう感じだった?」  洋平の興味津々といった様子に、浅尾の表情が途端に渋くなる。 「……なんでそんなの知りたいんだ? 新井に接点なんかないだろう」  何かを牽制するような浅尾の言葉に、洋平はわざとらしい溜息をついて見せた。 「俺も一応、生徒会役員だぜ? この先関わることなんていくらでもあると思うけど?」  何言ってるんだ、と呆れて見せる洋平に、浅尾の眉間の皺がますます深くなる。 「よく言えるな、そんなセリフ。だったら日頃からもっと真面目にやってくれると助かるんだけど?」  サクサクと刺のある浅尾にも、洋平は飄々とした態度を崩さない。そしてそんな洋平のことを、ここにいる二人と校長室にいるであろう生徒代表は、よく知っていた。 「えー、やってるだろ? ちゃんと」  心外だと言わんばかりの洋平に、浅尾はクワッと噛みつく。 「生徒会役員としての! 節度! 態度! 服装! どの辺がちゃんとしてるって言うんだ!?」 「全部受け入れられちゃってんだから、いいじゃん?」  分かってはいても言いたくなる浅尾の気持ちがありありと理解できる藤田が、そんな洋平に苦笑した。

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