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1. 大きな木の上の小さな家

 草木が青々と生い茂る豊かな森は、時が止まったかのようにしんと静まり返っている。森を横切るようにゆるやかに流れる川が月明かりの下で銀色に輝く。  川のすぐそばにある大きな木の上のほう、太い枝の根元にちいさな小屋が建っていた。時折森をくすぐるように吹く風を受けて、小屋の上の葉がくすくすと笑いだす。  軽やかな音に誘われて、わずかに開けられた窓の隙間からあたたかい風が入り込む。ニソルは鼻をすすって寝がえりを打った。ふっくらと太った月の光が、まだあどけなさの残る寝顔をやさしく照らす。  ふいに月明かりが強まり、部屋の中が光で満たされた。甘くやわらかな香りが、ニソルを包みこむように漂いだす。 『ニソル、もうすぐ逢いにいくよ』  木の葉がすれあう音なのか、ささやき声なのかは誰にもわからない。ただ、名前を呼ばれた彼は満足げにほほえみ、ふたたび深い眠りへと落ちていった。  *  強い日差しが白い肌に突きささる。太陽がまるでニソルを起こそうと躍起になっているかのようだ。 「ううん……?」  まぶしげに薄く目を開いたニソルは、いつもよりも高い位置にある太陽と顔を合わせて飛び起きた。 「いけない、寝すぎた!」  家の入り口の反対側、大きな窓のそばに置いてある植木鉢のもとへまっさきに向かう。 「おはよう、セラ」  ニソルが声をかけた植木鉢には、すらりと姿勢の良い一本の花が植えられていた。茎にそって伸びる細長い葉が、しなやかな曲線をえがく。  先端にはやわらかく膨らんだつぼみがひとつだけついていた。すでに隙間からみずみずしい花びらが見え隠れしている。 「今日はなんだか、とってもよく眠れたんだ。夢の中で、君に呼ばれたような気がしたよ」  そばに置いてあるガラスの瓶を手に取りながら、ニソルは話し続ける。瓶を陽の光にかざし、わずかに傾けた。中は驚くほど透きとおっているのに、くるりと回すたびにきらきらと虹色に輝いている。 「遅くなってごめんね。たくさん飲んで、きれいな花を咲かせて」  土が水をぐんぐん吸い込み、心なしか葉がぴんとハリをもったように見える。ニソルは指先でやさしく葉をなで、つぼみに唇をよせた。

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