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2. 羽をもつ者ともたない者

「おおい、ニソル!」  大きく伸びをしながら家の外に出たニソルの頭上から声がかかる。見上げると、広く伸ばされた枝の隙間をぬうように顔なじみが二人飛んでくるのが見えた。そのうち一人が太い枝の上にふわりと音もなく降り立つ。 「おはよう、クンネ。ウナも」 「やあ、ニソル。今日は朝寝坊でもしたのか?ふわふわの髪がますます跳びはねているよ」  ウナと呼ばれた青年はニソルのはね返った白い毛先をつまんでからかうように言った。肩のあたりでゆったりとひとまとめにされたウナの髪は灰色で、くせがなくつやつやと光っている。背中には乳白色に透ける四枚の羽がゆらめいていた。 「ニソルはいつだって寝ぼけているようなもんだろ」  黄色のくちばしが目立つ黒く小さな鳥が、ぱたぱたと羽ばたきながらヒトの形に姿を変えた。短い黒髪に、少しつり目の青年だ。 「クンネ、ニソルに意地悪を言うなよ」 「だってそうだろう? 花に本気で恋をするなんて、それもよりによって夏の一夜しか咲かないヤツにだなんて馬鹿げてるよ」 「クンネ!」  ウナがたしなめるようにクンネの腕を掴んだ。そんな二人を見てニソルは困ったように笑う。 「花は俺たちとは違う。ほんの短い間しか一緒にいることができないじゃないか。あいつらだってそれをわかっているから、普通は『一夜限りの関係』でいるんだろう?」  ニソルもウナも応えることができない。そんな二人を見て、クンネはあきれたように続ける。 「あいつらはできるだけ多く、遠くに<種>を運んでもらうために甘い香りを振りまいて俺たちを誘う。そのためにお互いに割り切って楽しめばいいと思っているんだ。恋なんかしたって無駄だ」 「そんなこと言うなよ。いいじゃないか、それでニソルが幸せなら」 「でもニソルに羽が生えないのは、ほかの花たちから蜜をもらっていないからじゃないのか? お前たちの成長に必要なものなんだろう?」  ウナはちいさくため息をつき、ニソルの肩に手を置いた。ウナの気遣わしげな眼差しに、ニソルはまた控えめに笑うことしかできない。 「……クンネは素直じゃないな。ニソルが心配なら、そう言えばいいのに」 「な、なんでそうなるんだよ!」  慌てたように身を引くクンネの手をニソルがそっと握る。 「クンネ、心配してくれてありがとう。でもね、僕はセラのことが大好きなんだ。それだけじゃない。僕の命を助けてくれた恩人でもあるんだよ。だから僕はいつまでも彼のそばにいたいし、一年にたった一夜でも触れ合いたいって思うのは彼だけなんだ」  顔を赤くしたクンネはニソルの言葉に目を細めた。ぷいと顔をそむけ、手を離す。二人のやりとりを見ていたウナはそっとほほえみ、気を取り直したように声を上げた。 「ニソル、ここに来るときにクサイチゴがたくさんなっている場所を見つけたんだ。君にも分けてあげようと思って持ってきたよ」  ウナが袋を取り出し、ニソルの手のひらに赤く小さな果実を転がした。 「わあ、こんなにもたくさん、ありがとう!」 「どういたしまして。僕たちは今から長老に会いに行ってくるよ。調合した薬を渡さないといけないんだ。どうも最近暑さがひどくて参っているらしいから」 「俺も親父から長老に伝言がある。俺たちのすみかのあたりにある木々が、やっぱり暑さのせいか痩せ細っているんだ」  彼らの言う長老とは、森の奥に住むフクロウのことだ。ずいぶんと年寄りで物静かだが、森の賢者としてさまざまな種族の者から頼りにされている。  ニソルは二年前に長老のもとへ行ったときのことを思い出していた。彼はニソルが手に持つ植物をちらりと見やり、「マツヨイグサ」と静かに告げたのだ。

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