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3. 宵を待つ花

 夏は日が長い。ニソルにとってセラが花開く夜を待つのは慣れっこだったが、今のように香りが満ちあふれ、今にも咲きそうな彼の姿を見ると、いてもたってもいられなくなってしまう。  それでも、夏の森ではやることがたくさんあった。仲良しのリスに頼まれて穴が空いてしまった日よけの修理を手伝ったり、川でカメの甲羅をぴかぴかに磨いたり、たっぷりと水をくんで歌いながら森の中を歩いて回った。歌いながら、というのが重要で、ニソルが歌うと森の生き物たちはうっとりと聴き入り、冷たい水を浴びて夏の暑さで疲れた身体をすっかり癒すことができた。  途中でヤマユリやナデシコといった花たちに何度も声をかけられたが、ニソルはきっぱりと断った。太陽の光をさんさんと浴びて花開く夏の花たちは、華やかで香りも強い分、開放的でちょっぴり強引なのだ。  いまかいまかと日が暮れるのを待っていたはずだったが、忙しく過ごしているうちに太陽が地平線へと腰を下ろし始めた。木々の間から橙色の光が差し込み、あたり一面を染め上げる。  木の上の家へと戻ったニソルは植木鉢の前に座った。いまや、むせ返るほどに香りが強まっている。香りにあてられたようにそわそわと落ち着かないようすでセラを見守っていたニソルは、ふと思い立って一冊の古い本を引っ張り出した。 『マツヨイグサ――待宵草。夏の夕方、宵を待つようにして咲く花。あざやかな黄色の花びらをもつ。美しい水の近くにいることを好む。ただ一夜だけ花開き、役目を終えた朝方、眠りにつく』  黄ばんだ紙に描かれた、可憐な花の端をそっとなでる。長老が渡してくれたこの本には他の植物もたくさん描かれていたが、ニソルが開くのはいつだってこのページだけだった。繰り返し触れたせいで花びらが少しだけかすれてしまっている。 「もうすぐ、君に逢えるかな」  植木鉢の中の花は返事をしない。それでもニソルは嬉しそうに鼻歌をうたい、ちいさくあくびをしてほおづえをついた。

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