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4. 約束の夜
『ニソル、ニソル』
ニソルの頭の中でやわらかな声が響いた。
「ニソル、起きて」
大きな手がニソルの薄い背中をやさしくなでる。ぱちりと目を開いたニソルは顔を上げ、手の持ち主をじっと見つめた。
そこには背の高い、金色の長い髪をもつ美しい男が立っていた。淡く透けるような緑色が幾重にも重なった衣をまとっている。
「セラ……セラ!」
「お寝坊さんのニソル。よく眠れたかな?」
セラは胸に飛び込んできたニソルを抱きしめ、ふわふわの髪に頬ずりをした。ニソルはセラを見上げてうっとりとつぶやく。
「セラ、逢いたかった……」
「私もだよ、ニソル。どれほどこの日が待ち遠しかったか」
セラの言葉にニソルがくすぐったそうに笑う。
「僕、寝すぎちゃったかな?」
「大丈夫、夜はまだまだ長いんだ。ゆっくりと二人の時間を過ごそう」
「うん!」
ニソルはセラの腕を引き、静かな森の中を歩く。昼間はあれほど晴れていたのに、足元の草はしっとりと湿り気をおびている。いつもなら夜ふかしをしている鳥たちも、なぜかぐっすりと眠っているようだ。
「ニソル、この一年はどうだった? 冬はゆっくり休めたのかな」
セラの問いかけにニソルは大きく頷く。
「冬の間はいつも使っているあたたかい洞穴で過ごしたよ。君の<種>をしっかりと抱っこして眠ったんだ。そうすれば君も寒くないと思って」
「そうか。その時期の記憶はいつも曖昧だけれど、ふわふわと心地よい気分だったのは覚えているよ。ニソルがあたためてくれていたんだね」
セラが「ありがとう」と言ってほほえみ、ニソルは恥ずかしそうに「ううん、僕もおかげでぐっすり眠れたんだ」と応える。
「春は? この森はきれいな花がたくさん咲くだろう。きみの家のサクラたちは騒がしくなかったかな?」
わざとらしく顔をしかめたセラを見てニソルはくすくすと笑った。
「いつもどおりみんな元気で、とっても賑やかだったよ。彼女たちがいる間は毎日がお祭りで、みんなで歌って踊りながら春のおとずれをお祝いするんだ。僕もお家を建てさせてもらっているから、お礼にコンル山の泉のお水をサクラの木におすそ分けしたよ」
「ニソル、まさか君があの山に行ったのかい?」
強い声に驚いたニソルは思わず足を止めた。いつの間にか二人は開けた場所に来ていた。ニソルはセラからそっと手を離し、目の前の浅い川へと入っていく。
「大丈夫だよ、セラ。今回はウナと、ほかにもたくさんの仲間たちと行ったんだ。二年前みたいなヘマはもうしないよ」
「でも……私は心配なんだ」
川岸でたたずむセラを振り返る。ニソルの足元で水が跳ね、きらりと光った。
「君がいなかったら、僕はあのとき死んでいたかもしれないね」
「ニソル!」
ニソルが両手を広げてセラを誘う。セラは水の中へゆっくりと足を浸し、ニソルのもとへと歩いていく。
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