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 それから三日、根津は学校に来なかった。隣の空席を眺めるのは少し寂しかった。  休んでいる理由がそこにあるかは解らないが、なんであんなこと聞いてしまったんだろうか、と多少の後悔がある。可能性を考えつつも、否定し続けていたのに。根津があんな気持ち悪い顔するから言ってしまった。悪いことしたな。 「……おはよう。来るの久しぶりだな」  そう言えば、挨拶をするのも初めてだ。俺の席の真横に仏頂面で立つ根津を見上げ、俺は反省の気持ちを込めながら朝の挨拶を告げた。  その途端、根津は気持ち悪い顔になった。嬉しそうな、にやけるのをぐっと堪えているような顔だ。そしておもむろに俺の両肩を掴むと、ずいっと顔を寄せてきた。  どんどんと近付く根津の顔。これは一体何だろうと思っていると、あと数センチでぶつかってしまう距離になって、根津が口を開いた。 「おい。目、瞑れよ」 「なんで?」 「なんでって…普通瞑るだろが!」 「普通って何。ていうか、顔近い」  しゃべるたびに吐息がかかる。俺は手で根津の顔をぐいっと押し離した。  俺から離れた根津は泣きそうな顔になった。この表情は初めて見た。いつも突っ張ってる感じががらりと崩れ、少し幼く見える。 「っ!なんでだ!?お前、俺のこと好きだろ!!」 「はい?」  突拍子もないことを言われ、俺は目を丸くした。驚く俺を取り残し、根津は鞄から一冊の本を取り出して捲り始めた。 「ちゃんと人形には髪の毛いれたし、三日かけてお祈りしたし!!」  本の表紙には『絶対!!彼と両思いになれるオマジナイDX』と書かれている。 「うん…手順もあってる。間違ってない。おかしい…」  ぶつぶつと呟く根津を眺めながら、俺は自分が間違ってなかったことを知った。  やっぱり、俺のこと好きなんじゃん。  それと同時に胸に湧くこの気持ち。なるほど、この前の言葉は根津のせいで言ってしまったんじゃない。俺の、そうだったらいいのにって願望が言わせたんだ。 「根津」  呼ぶと、少し嬉しそうに、でもちょっぴり悲しげな表情で振り返る根津。 「根津がちゃんと自分の気持ちを言ってくれたら、俺は根津を好きになるよ」  本当はもう好きだが、多少の意地悪を込めてそう言ってみた。  根津は目を丸くし、魚のように口をぱくぱくと動かす。その手から本が滑り落ちる。じわじわと顔は赤く染まり、湯気が出てきそうだった。 「そ、そんなこと、どの本にも書いてねぇ!」  根津が怒鳴る。このしゃべりは怒っているというよりデフォルトのようだ。  そりゃあ、本に書いてあるわけないが、俺は黙って根津を見続けた。  根津はぎこちなく瞳を揺らす。 「ゆ、幸村…お、俺…」  俺の言葉を信じてくれているようだが、どうも言うのが嫌みたいだ。もうバレバレなのに、言葉にするのは恥ずかしいのだろうか。 「俺、お前が…っ」  沈黙の中、根津の声だけが響く。教室内には俺たち以外にも生徒はいるのに、皆黙ってこっちを見ていた。 「す「おはよー!皆、席つけー!」だ」  ガラッと勢いよく開かれた扉の音と、入ってきた担任の元気良過ぎる挨拶に、根津の言葉は見事にかき消された。俺には「す」しか聞こえなかった。  根津は呆気にとられた顔で固まっている。 「ん?今日は静かだな。じゃあ出席とるぞー」  空気の読めていない担任は何かいいことでもあったのか、楽しそうに言葉を弾ませている。 「……す」  根津が何事か呟いた。今度の「す」は、「好き」の「す」ではないようだ。 「………っぶっ殺す!!」  そう言った根津は鬼の形相をしていた。  暴れる根津は恐ろしく、止めるものは誰もいなかった。結果、担任は全治二週間の怪我を負い、根津は一週間の停学を言い渡された。  停学中の根津に陣中見舞いを届けるときには、今度は意地悪せずに俺から好きだと言ってやろうと思う。 おしまい。

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