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それから毎日のように同じことが続いた。好きな動物や色、家族構成から母親と父親の名前や生まれ、いろんなことを聞いては本を開き、不機嫌そうな顔で無理難題を言っては落ち込む。
何がしたいんだ。これで気にならない方がおかしい。俺は今、根津という人間が気になってしょうがない。
根津は今まで聞いていたイメージと随分違った。見た目は聞き及んでいた通りだが、中身が違う。
本なんて漫画以外読まなそうなくせして、毎日違う本――ひとつのジャンルに特化しているが――を持っている。しかも、何より驚いたのは根津が毎日学校に来て、授業を受けていることだ。一年の時は出席日数ギリギリで、先生が何とか頑張って二年に押し上げたと聞いていた。それはあくまで噂だったのだろうか。
今もノートに何かを書いては消し、書いては消しを繰り返している。机の上には消しカスがこんもり積もっている。板書を写しているわけではなさそうだが、すごく一生懸命だ。
「あっ」
根津の腕に当たった消しゴムが、ころんと落ちて俺の足元に転がってきた。俺は屈んでその消しゴムに手を伸ばした。
「ちょっ、待てっ!」
根津は焦った声を上げた。
何を待てというのだろう、と思いながら消しゴムを拾い上げると、根津はあからさまにがっかりした顔になった。なんだよ、俺がこの消しゴムを拾ったのが悪いのか?親切心なのに。
意味が解らずふと消しゴムに目を向けると、半分くらいの大きさになった白い消しゴムの一番大きな面に、『幸村』と俺の名前が書かれていた。その位置と大きさからして、使用されてしまった半分の方に下の名前が書かれてあったと思われる。
あれ、この消しゴムは確か根津の物だったよな。第一、小学生でもあるまいし、俺は消しゴムにわざわざ自分の名前を書いたりはしない。
「…くそ、失敗だ。もう一回初めからだ…」
思いっきり舌打ちをしながら、根津は俺の手から乱暴に消しゴムを奪い取った。
そして鞄を開くとそこから新品の消しゴムをどさどさっと大量に取り出して、包装フィルムをカリカリと剥がし始めた。
「……なあ、根津」
思わず俺は根津に話しかけた。今まではされた質問に答えるだけだったので、俺の方から自発的に呼び掛けるのは初めてだった。
根津はくわっと目を剥き、ものすごい勢いで俺の方を見た。目がちょっと血走っている。
「な、な、な、ななななななななんだよっ!俺に用かよ、ゆ、幸村!」
ものすごいどもりっぷりで怒鳴る根津は、気持ち悪いほどにやけ顔をしていた。俺がその気持ち悪い顔をじっと眺めていると、その顔色はだんだんと赤くなっていき、ますます気持ち悪くなってきた。
俺は今まであえて蓋をしていた可能性を、思い切って引っ張り上げてみた。
「根津って俺のこと好きなの?」
言った瞬間、ガターンとものすごい音が教室に響いた。根津が勢いよく立ちあがったせいで、彼の机と椅子が倒れたのだ。
根津はそのまま何も言わず、俺の方へ腕を伸ばした。
やばい、殴られるのかな。
「あいたっ」
しかし、痛みは想像したものとまるで違った。思わず瞑っていた目を開けると、根津の手には俺の髪の毛が一本握られている。どうやらそれを抜かれた痛みだったようだ。
根津はそのまま、トマトもかくやと思わせるほどの真っ赤な顔のまま、教室を飛び出し走り去ってしまった。
意味がわからん。俺の予想は間違っていたのか。
授業再開してもいいかな、と訊ねてきた先生に、俺はどうぞと返事した。
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