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 翌日も、真鍋にはいつもと変わらない光景が待っていた。  坂道を登り終えた先の校門には、にこにことハイテンションの睦美が立っている。 「マーナーたーん!おはよーぅ!今日も好き!好き好き大好きです!付き合って!」  真鍋は恒例のように顔を顰めたが、今日の眉間の皺は告白内容よりも、睦美にどこか違和感があったためのものだ。 「……断る」  訝りながらもいつものようにノーと答えながら脇を通ろうとすると、やはりいつものように睦美はそれを阻もうとする。 「マナたーん!俺…」 「あ。お前…」 「え?」  近づいた睦美に、真鍋は感じていた違和感の正体に気づいた。 「それ以上一言もしゃべんな」  真鍋が睨み付けながら低い声で言うと、睦美は反射的にきゅっと口を閉じる。  その間に、真鍋は睦美を置いてさーっと自転車で立ち去ってしまった。睦美が呼び止める隙もない。 「今日も真鍋は落ちなかったか」 「マナたんガード堅ぇなぁ」 「つか今日いつも以上にバッサリじゃね?」  生徒たちが盛り上がる通り、今日の真鍋はいつもよりキツかった。諦めろと言った昨日の真鍋が睦美の脳裏に浮かぶ。  すでに遠い真鍋の背中を見つめながら、睦美はがっくりと肩を落とした。  しかし、振られることに慣れすぎている睦美はただでは起きない。  昼休み、食堂に向かうため廊下に出た真鍋を待ち構えていたのは、分厚い紙束を抱えた睦美だった。 「マナたぁん!ほらこれ!俺と付き合った場合のメリットをレポートにまとめたっちゃ!」  さっと差し出されたA4サイズのレポート用紙の表紙には、『睦美良樹との交際に於ける三十の良い事』と書かれている。  真鍋には直ぐに思い当たった。睦美は今日の午前中の授業の全てをこれに費やしたのだろうと。 「ボケ。誰が読むか」  しかし、どんなに心血注いでいようとも、真鍋は受け取ってしまったそのレポートをびりびりと容赦なく破った。分厚いため破るのにはなかなか力が要った。 「ノ~ン!」  集大成が呆気なく紙くずに変わって行く様子に、睦美は慌てて真鍋に跳び寄る。真鍋はそんな睦美に向かってその紙束を投げつけた。ついでにポケットに手を入れ、そこにあるものも投げつける。 「近よんな」 「あだだっ!!」  バサバサと不定形な紙が舞い、最後に額にごつっと何か固い物の衝撃を受け、睦美はへなへなと廊下に倒れ込む。  真鍋はそんな睦美にふんと一つ鼻を鳴らすと、すたすたと行ってしまった。 「ひ、ひど……」  両手をついてがっくり落ち込む睦美に、教室からひょっこり顔を出した須崎がすすすと近付き、ポンとその肩に手を置いた。 「むーみん…もう諦めた方が早いんじゃないの。こんな仕打ち受けてまだマナんこと好きとか、見ててちょっと辛いわぁ」  真鍋が落ちる方に賭けてしまっている須崎だが、流石にここまでの扱いを受けている睦美を目の当たりにしてまだ頑張れとは言えなかった。 「マナたんにも昨日嫌いになる方が簡単っち言われた…」 「ほらなぁ」 「うう…」  呻きながら、睦美は散らばったレポートの残骸を拾い集める。須崎もしゃがんで手伝ってくれた。  暫く二人で無言で紙を集めていると、ふと、睦美の指に紙ではない固い物が当たった。 「あ…」  破られた紙に埋もれていたのは、飴玉だった。睦美のでこに投げつけられたのはこれだ。  ――はちみつのど飴。 「どした?ん?飴?なんで飴?」  睦美の手元を覗きこんだ須崎はしきりに首を傾げるが、睦美にはすぐにこの飴がある理由が解った。  昨日真鍋宅から帰るときに雨に打たれたせいか、今朝起きたときから睦美は喉の調子が悪かった。でも、声も枯れてないし、出すのに障りもあまりない。聞いてすぐ解るほどの変化はほとんどなく、なんだか少しいがいがとするだけだ。  その不調の原因は、傘も貸してくれず家から追い出した真鍋にあるのかもしれないのだけれども。  それでも。 「こんな…こんなん……簡単なわけないやん!!嫌いになるとか絶対無理!!マナたぁぁぁん愛してゆぅぅぅ!!」  飴をぎゅうっと握りしめて胸に当て、歓喜の声をあげながら、睦美は立ち上がって真鍋を追いかけた。  その姿を須崎含め、廊下を歩く生徒たちが生温かい目で見つめる。  この現状。睦美を無意識のうちに突き放し切れていない自分にも原因があることを、真鍋は自覚していなかった。  彼らの攻防はまだまだ続く。 おしまい。

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