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「ねぇマナ」  いつものようなおちゃらけた響きの全くない睦美の声に、ズボンを穿こうとしていた真鍋は手を止め視線を向けた。  そこにはいつになく真剣な顔をした睦美がいた。ベッドの上に座る真鍋を、じっと見つめてくる。 「俺とつき合ってよ」  その言葉は毎朝聞かされるものと同じとは思えないほど、硬く響く。  真鍋は睦美から視線を逸らし、ズボンを穿くのを再開させた。 「………お前のそれ、ウザい。毎日会って、たまにセックスだってしよるやん。現状になんぞ不満あるんか」  吐き出すように告げれば、睦美はばっとベッドに乗り上げ叫んだ。 「ありまくりっちゃ!」 「………」  その勢いに押されのけぞった真鍋は、じろりと視線だけで退けと促す。 基本真鍋には逆らわない睦美は、おずおずとベッドから降り元のポジションへと戻った。しかし、顔は不満げなままだ。 「まっとうなお付き合いがしたいんよ、俺は!」 「まっとうなお付き合いってなんよ」  真鍋が聞けば、睦美はぽっと頬を染め、指先をもじもじと動かす。女の子がやれば可愛い仕草だが、可愛くもない睦美がやれば気色悪いだけだった。 「こう…夜電話して、今なんしよったん?お前んこと考えよったよ、テヘ、俺も…みたいなさぁ…」 「お前毎日のように夜掛けてきよるやん」 「でもマナ、ウルトラマンやん!三分たったら有無を言わさず切るやん!しかも二度目は出てくれんし!メールだって五回に一回しか返事くれんしぃ!」 「あー…他は?」  それについては言い訳の仕様もないので、真鍋は適当に次を促す。 「他ぁ?…休みの日に会ったり!」 「はっ…そんなん、お前休みの日いっつもウチ来よるやん」 「来ても家入れてくれんやん!居留守するやん!おまわり呼ぶやん!」 「あー…お前しつこくてうるさかったから…帰れち言っても帰らんし…」 「俺初めて警察の世話んなったんよ!」 「あー…」  相槌の打ちようもなく、真鍋は顔を逸らす。 「マナも…」  ふと、睦美の声がまた硬いものに変わった。 「マナも今の状況が『お付き合い』じゃないっち思っとうっちゃろ?だけん『付き合って』っち言っても『いやじゃ』ち言うんやろうも」  悲しげな声の通り、睦美の顔もまた泣きそうに歪んでいる。感情表現が豊かな睦美は色々な顔を見せるが、最近はこんな表情をよく見る気がする。 「………」 「俺マナのこと好いとうっちゃもん…マナに愛されたいっちゃもん…俺、ときどきすげー虚しくて切なくなる。俺はマナの心が欲しいんよ」  絞り出すような声は少し掠れていて、切実さが滲み出ていた。 「………心、ね…」  真鍋はすっと目を眇める。これだけ真剣に、痛切に訴えられることは珍しい。睦美の新しい一面に、思うところがないわけではない。 だが。 「……じゃあ心の伴わん虚しいセックスはもうせんでいいな」  真鍋がぽつりと告げた瞬間、睦美は「いやいやいやいや!!」と、それまでのしんみりした空気を吹き飛ばす勢いで立ち上がった。 「いやいやいやそれは絶対必要!!俺も健全な高校男児やし!!」  その睦美の必死な顔に、真鍋は呆れて半眼になった。 「何ぞそれ。『体だけやったらいらん』とか言ってみせんか。誠意見せろ」 「据え膳あったら食うやろ!下半身は別の生きもんやし!マナたんめっちゃエロいし!」  オーバーに手振りを付けて力説する睦美を、服を着終えた真鍋は立ち上がって蹴り上げた。 「いだっ!」 「お前もう帰れや」  睦美も何だかんだでもう服を着終えている。  真鍋は睦美の鞄を掴むと、それごと睦美を部屋から押し出す。そのまま二階にある部屋から一回の玄関まで、ぐいぐいと大きな体を押していった。 「えー!雨降りだしとるやん!俺傘持っちょらんしー…泊・め・てぇ☆」  もうすっかりいつもの調子に戻った睦美はふざけた調子で――本人は大真面目らしいが――言う。 「うるせぇ今すぐ出てけ」  真鍋が玄関の扉を開けて睨むと、睦美はしぶしぶと言った感じで靴を穿き、とぼとぼと家から出ていく。雨は結構激しく降っていた。 「……マナたんは酷い」 「そんな酷いやつと付き合いたいとか言うな」 「仕方ないっちゃ。好きなんやもん」 「諦めろ。俺とどうこうなるよりお前が俺んこと嫌いになる方がずっと簡単ばい」  言い捨てて、真鍋はバタンと玄関の戸を閉じた。 「そんなこつ言われたって、俺諦めんきねー!」  ざーざーと降る雨の中を、睦美は叫びながら全速力で駆け抜けた。  その声を遠くに聞きながら、真鍋は思う。 (さっさと諦めろっちゃ、バカむーみ)  睦美のことは、バカでアホで迷惑だと思うが嫌いじゃない。  でも、だからと言って睦美を好きでもない。セックスは単に都合いい性欲処理だ。心なんてやれない。 (早くこんな茶番終わらせろよ…)  自室に戻った真鍋は、溜め息を吐きながら汚れたタオルを拾い集めた。

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