「お世話になりました」 　そんな言葉と共に、陣内は２週間ほど入院していた病院を後にした。 　空には太陽。風はあの事故に出遭ってしまった日と同じように穏やかだった。 　陣内の隣には、逢坂……ではなく、柚木がいた。 「明日、退院するんです」 　萎れ始めた花を処分してきたのだろう。 　病室から出ていく時に逢坂が持っていた花瓶から花は消えていた。逢坂は「そうなんだ」とだけ言い、いつものように帰って行く。 　明日、逢坂は大事な仕事があるらしいが、明後日には会える筈だ。明後日だけじゃなくて、この先もずっと……。 　なのに、頭のどこかで永遠に会えないような気もしていた。 「ジン……？」 「え、あ、何？」 　車の助手席へのドアは開いているにも関わらず、なかなか乗ろうとしなかった陣内は柚木に呼びかけられて、車内に入る。 　車がゆっくり走り出し、坂を下っていく。その坂へ並ぶように伸びる海岸線。 　何とも、開放的な気分になるこのシチュエーションは場違いなほどで、陣内と柚木の間には深刻な雰囲気が漂っていた。 「今日、晴れてて良かったね」 　柚木は茶色のハンドルを軽く右に傾ける。その穏やかな声の先にどんな感情があるのだろう。 　陣内は何も言えないでいると、柚木はさらに続けた。 「あの事は気にしなくて良いよ。いきなり、友人だと思っていた男から告白されるなんて思ってなかっただろうし……」 「いや……」 　陣内はそれだけ言うと、目を背けるように視線を自分の足元へ移した。 　ほぼ全快している右足のひび。痛くはない筈なのに、痛みやジワリと熱くなっていくような感じに襲われる。