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第八話

「なに、一人でこんなとこに逃げて来てるんですか」  振り向いた先に立っていたのは、君島だった。 「……居場所わかるとか、エスパーかよ」  筧が眼鏡を押さえながら小さく笑うと君島が静かに隣に立った。 「どんなときも、筧さんを視界に入れてるんで」 「怖ぇえ。ストーカーみたいだな」  そう言うと、君島がふっと笑った。 「どうも居心地悪くてな。こういうとこのほうが落ち着くわ、俺」 「珍しく女の子たちに囲まれてましたもんね。筧さん普段仕事一本で取り付くしまないから、女の子たちここぞって近づくチャンス作ろうと群がって来てるんすよ」  そう言った君島の言葉に苦笑いを返す。 「──んなわけ」 「ありますよ。本当こっちは気が気じゃないっつーか」 「俺に近づく物好きなのはおまえくらいのもんだよ」  ドン、ドドン! ドン、ドン!  赤、青、ピンクに黄色。色とりどりの花火が夜空を彩る。  隣に立つ君島が、ガラス窓越しの花火を見つめたまま言った。 「他の女共にチヤホヤされないでくださいよ」 「……チヤホヤされてんのはおまえだろ」 「つか。こんなカッコ悪いこと言いたくないんですよ、ホントは。──でも、言わずにいられない。誰にも渡したくないとか、そういう思考になる自分がキモくて吐きそうです」  そう言ってこちらを見ずに、両手で顔を隠した君島の横顔が遠くで光る花火の光を受けて真っ赤に染まった。  君島の好意が迷惑な訳じゃない。面倒な事を抜きにすれば、素直に嬉しいとさえ思う。  こんな綺麗な顔して、年下のくせにいつだって余裕で、カッコよくて──そんな男が、自分なんかのためにムキになってる姿を見たら、そりゃ少しばかり心動かされてしまう。  音を立てて上がる花火を見つめていた君島が、静かにこちらを見た。 「何か言って下さいよ。……こんなの、マジカッコ悪くて嫌だ」  君島の横顔が少し赤いのはどうやら花火のせいだけではないらしい。 「俺、昔からこんなルックスなんでモテんすよ」  この男が男女問わずモテるのは充分に分かる。一体、今度は何の自慢だ。 「けど、その分やっかみとかも多くて」  確かに、そういうのは妬みの対象になりうる。 「高校の時は、自分がゲイだって自覚はあっても秘密にしてて──それこそ理由は筧さんと一緒ですよ、そっちのほうが世の中上手く渡れるんじゃないかって──。けど……この顔のせいで女の子がやたら寄ってきて」  君島がそこで言葉を切った。 「当時はまだゲイであることを完全に認めたくなかったのもあって……誰かと試しに付き合って、合わなければ別れてを繰り返してたら、とっかえひっかえとか言われ。それが嫌で断わり続けたら、今度はイイ気になるなとか言われー、もう散々……」  君島が花火を見つめたまま、当時を思い出したかのような少し切なげな表情を見せた。  平平凡凡な自分とはまた違った意味で、君島には君島の苦労があったということなのか。 「人間関係まとめて面倒になって──大学入って知り合ったやつにはゲイ宣言したんすよ。そのころには完全に自覚あったし、もういいやって」  窓の外を眺めていた君島がこちらを見た。 「最初は怖かったですよ、正直。けど、おかげで女の子たちが寄って来んのも随分減って、声掛けて来るのも“友達”ってスタンスの子だけになったからラクになった。男連中も中には酷いこと言ってくるヤツもいたけど、そういうのばっかりでもなくて。ゲイだって宣言して付き合ってる男堂々と紹介して……そしたらみんな普通に付き合ってくれたし、女にも興味がないから趣味とかで繋がるやつも増えて──したら、断然ラクになった。アンタの言う“隠れ蓑”無理して被ってる時よりずっと──」  ゲイだからといってその立場が同じとは限らない。この君島でさえ今に至るまで、幾度も葛藤を繰り返して来たのだ。 「俺はね、強いんじゃないんですよ。こっちのほうがラクだからそうしてるだけであって……。前言った価値観の違いってやつ。筧さんが公言しないことで自分の身を守ってるように、俺もそうしてるだけのことです」  強くて堂々としている君島を羨ましいと思っていた。  けれど、それは自分の身を守るためだった──?  自分が傷づかないようにするための、唯一の術だった──? 「君島……」  そっと触れた肩がほんの少し震えていた。その手の上にそっと重ねられた君島の掌はもっと震えていた。 「今だって影でいろいろ言うヤツいるんですよ。俺だって、正直傷つかないわけじゃあない。……でも、筧さん傍にいるから。アンタいたら、頑張っちゃおうって思えんだから! ──これって、もう恋じゃね?」  君島がゆっくりとこちらを見た。色とりどりの花火に照らされた君島の顔は、また格別に綺麗で目が離せなくなる。  “恋じゃね?” とか訊かれても知るかっての。俺いたら頑張れるとか、何だそのご褒美待ちの子供みたいな告白。無茶苦茶過ぎて呆れてしまう。 「俺、結構嫉妬深いみたいなんすよ──だから、俺以外にモテるのやめてくれます?」 「……は?」 「俺だけを甘やかしてよ」  大きな音と共に立て続けに打ちあがる花火。  花火見物に来てるはずなのに、さっきから俺はこいつの顔しか見ていない。 「──好きです。マジで」  そう言ったかと思うと、更に距離を詰めた君島の唇が静かに自分の唇に重なる。  抵抗はしなかった。正確にはできなかった。  俺の負けだ。そんな君島の姿を、言葉をうっかり可愛いと思ってしまった俺の負け。  花火大会が終わり、フロアの片付けを済ませた後、それぞれの帰路に着いた。  集まった連中のほとんどが、そのまま場所を変えて飲み直すとかで、筧たちも当然声を掛けられたのだが、適当な口実を作ってそれを断った。  静かなタクシーの後部座席の隣には君島。まるで初めて顔を合わせた時のようだが、 今夜の君島はあの時のような泥酔状態ではない。  大通りには花火帰りの人波が溢れ、道路も大混雑。普段ならあっという間に過ぎ去る窓の外の景色は一向に流れて行かない。 「筧さん。さっきのアレ。都合よく解釈していいんすよね?」 「何だよ、今更」 「いや。……なら、いいんですけど」  会話がなんとなくぎこちないのは、真っ暗な給湯室での出来事が未だに身体の奥の熱をたぎらせたままだから。  ──エッロイキスしてきやがって。  思い出してしまったことを誤魔化すように手の甲で唇を拭った。 「今日は──泊めてくれんですよね?」  窓の外に視線を向けたままの君島の手がそっと筧の手に重なり、運転手からは見えないように静かに指が絡められた。 「おまえ床でゴロ寝な」 「酷っ! せめてソファ貸してくださいよ」 「おまえの図体じゃ、はみ出るだろ」 「まぁ、確かに」  くだらない会話を続けるのは、絡めた指が熱を持つのが照れくさいから。なのに、君島はさらに深く指を絡め、その指を執拗に擦っては欲情を煽ってくる。  全くとんでもない男に捕まったものだと、大きく息を吐きつつも、その手のぬくもりが心地いいと感じる摩訶不思議。 「……ちょっ、待っ、……おいって!」  部屋に帰るなり、目の色を変えた君島にベッドの上にあっという間に押し倒された。普段、押し倒す専門で押し倒されたことなど皆無に等しい筧にとって、その抵抗感ときたら尋常じゃない。 「……い、いきなりすんのかよ!?」 「しますよ、そりゃ」 「シャワーとか」 「いや。まんまの匂いのが、興奮するし」  ニヤ、と微笑むこいつの顔を今ほど恐ろしいと思ったことはない。 「つか。なんでナチュラルに俺が下になってんだよ!!」 「だって、俺下の経験ないですし」  君島がそう言いながらテキパキと服を脱ぎ、あっという間に自分も半裸にされてしまった。 「お。筧さん、鍛えてんだ? 意外と割れてる」 「そりゃ──、じゃなくてだな!! 俺だって下の経験ねぇんだよ!! つか、俺が上でもいいだろ!!」  筧が主張している間、君島は飄々とした顔で残りの服を脱ぎ、あっという間に下着一枚になった。 「ここは、若者に譲ってくださいよ。もう爆発寸前なんで」  君島が示した下半身に目をやると、すでにやる気満タン。 「はぁっ!? ──何ですでにそんなになってんだよ!」 「タクシーの中で、筧さんの指擦りながら、あんなことやこんなこと妄想してたらこんな具合に。渋滞、拷問でしたね、マジ」 「どんな想像してんだよ!」 「するに決まってんでしょ、好きな男隣に居たら」 「おまえ、やっぱ頭のネジどっか飛んでんじゃねぇの!?」  なんつーか。今更だがいろいろと激しく後悔。とんでもなく早まったかもしんねぇ。 「ねぇ。ちょっと大人しくしてくんないかな、筧さん」 「大人しくできるか、ヤルかヤラレルかの瀬戸際だぞ!?」 「大丈夫ですって、俺上手いんです。ちょっと試さしてよ、無理なら途中でやめるし」 「それ、男の常套句! 途中でやめれる男がいるかっ!!」  さっきからムードゼロ。色気皆無。  男同士で色気もへったくれもないかもしれないが、ここまでドライなのも珍しくないか? 「……優しくします。ちゃんと気持ちよくしたいんで、無理させません」 「お、おまえ、狡りぃ!!」  そんな綺麗な顔で、しかもそんな真剣な顔して言われたら。 「とりあえず、キスしていいですか?」  今までお伺いなど立てたことなかったくせに、急に可愛いことするとか卑怯だろ。  次第に深くなるキス、高まっていく息遣いと興奮。君島の手のひらがスルリと背中にまわり、その細い指が身体の中心線を下へ下へとなぞって行く。 「……ちょ、な」 「ココ、少しイイでしょう?」 「……ぃ、ちょっ、……ふぁっ、あ…」  君島の指の動きに自分でも生まれて初めて聞くようなオカシナ声が出て、あまりの羞恥に顔を覆うと、それを引き剥がした綺麗な顔の男のキスが妙に優しく額の上に降って来た。    

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