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第7話
店の前には紘二。
長身だからか、スーツも良く似合う。
仕事出来ますみたいな七三分けのアップバングヘアもさまになっていて、同じ男としては少し羨ましく思える。
「待たせたな。」
「僕の方こそごめんね。急かしちゃったんじゃないかな?」
「いや、そんな事はない。」
「それならいいけれど。あ、そうそう、さっきね、お店の前に立っていた人が居てね、お客さんかと思って声をかけようとしたんだけど、すぐに居なくなっちゃったんだよね。」
「そうか。それは悪い事をしたな。有難い事に、たまに居るんだ、駆け込みのお客さん。」
「ふふ、稑くんのスイーツは美味しいからね。僕だって駆け込みをしてでも買って帰りたいもの。」
「紘二は駆け込みの必要ないだろ?」
「彼氏の特権だね。」
「ばーか。」
紘二がクスクス笑う。
俺の足が一歩出ると紘二の足がついてくる。
ゆっくりと足並みが揃う。
履き古したスニーカーと、黒革のビジネスシューズ。
不釣り合いな二足なのに、心地好い。
不思議だ。
「この一ヶ月で、何か変わった事とかあった?」
「何か?…いや、特別変わった事はなかったな。」
一瞬考えてはみたが、何も思い浮かばなかった。
一ヶ月なんてその程度のものだ。
職場と家との往復と仕事に追われるだけの生活に、変わった事が頻発しても困る。
そんな生活の中で変わった事があったとすれば…
「稑くん、そこは僕が居なかったとかさ、あまーいセリフを言ってくれないと。」
思わず足が止まってしまった。
頭に過った事と紘二のセリフが一致していた。
真っ暗な部屋、俺一人の生活音、広いだけの冷たいベッド…確かに大きな変化だ。
「稑くん?」
「あ、いや、なんでもない。」
歩みを再開させる。
一方通行の細い道を曲がり住宅街に入った。
車の音が遠くなって、今度はカートの音が主張し始めた。
明るい大通りとは違って、家庭から漏れた光と外灯が点々と灯っているだけの静かな道だ。
「僕もこの一ヶ月で変わった事はあまりなかったかも。」
「だろ?」
「でも、稑くんが居ない毎日は淋しくて、退屈で、つまらなかった。」
「…っ…だ、だからお前はぁ、そういうストレートなのはよせって。」
頬が熱い。
紘二は恥ずかしげもなくこういう事をどストレートにぶつけてくる奴だ。
その度に困らせられるが、悪い気はしない。
「でも、本当の事だから。」
「…分かってる。」
紘二がこういう奴だって事も…
俺が同じような気持ちでいたって事も…
「あのさ、稑くん。」
「ん?」
「手…、繋ぎたいなぁ。」
「…つか、もう繋いでるだろ。」
許可をするまでもなく、俺の手は大きな手の平にがっちりと握られていた。
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