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番外編:劉さんと天華 4
夢を見た。
劉と一緒に劉のお母さんに会いに行った時の夢だ。
「男が好きだなんて……!正気なの!?」
「役者だなんて、そんな不安定な職業と収入でこの子と付き合って行けると思ってるの?」
「この子と別れてちょうだい」
辛かった。
立派な家柄の劉とみすぼらしい役者の俺。
この頃は舞台でもテレビの仕事でも端役ばかりだった。
劇団にいた時なんか、役者として仕事がない時は舞台スタッフのバイトをしたりしていた。
役者は歩合制であるため、舞台に出られたら収入を得られる。しかし、そうじゃなかったら、1ヶ月食うのに困る。
そんな役者としても底辺な俺を好きだと言ってくれる劉の存在は精神的にも大きな柱になっていた。
目を開けると、すぐ傍にはぐっすりと眠る劉の顔。
お互い、裸のまま寝てしまっていた。
昨日は久々の二人だけの夜。
劉のSEXは優しい。
求めながらも、求めすぎない。
優しく啄むような愛撫と、囁くような愛の言葉。
「劉……大好き……」
思わず、口から出た言葉に後から思わず口を抑えた。
(恥ずかしい……)
ちょっと後悔しながら、パンツを履いて、落ちていた劉のシャツを羽織る。
部屋を出て、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを開けて、ぐびぐびと一気飲みした。
冷たい水で喉を潤すと、窓を見る。
雨が窓ガラスを濡らして、雨水が流れている。
(今日は雨かぁ……)
ぼーっと窓の外を見ていると、後ろにずしっと重みを感じた。
「天華、おはよう」
劉がのしかかってきた。重い。
「天華がいないからどこいったのかと思った」
「どこも行くとこなんてないよ。イギリス分かんないもん」
「急に消えるとびっくりする」
後ろからぎゅっと力が込められる。
一度、劉と会わなかった時期があった。
自分と劉の格差が辛くて……。
――――
劉のお母さんに会った後、俺は劉に会うのを辞めた。
何度もメールや電話が来た。
その度にスルー。けど、その度に何かがすり減るような傷つくような。
いや、劉の方が傷ついているかもしれない。
だって、急に連絡取らなくなったし、理由も言ってないし。
「不釣り合い……」
劉のお母さんに言われたことを声に出す。
「そんなこと、分かってるよ……」
劉はきっと、素敵な男になる。
勉強をして、立派な会社に入って、お母さんの会社を継いで、社長とかになるんだろうな。
……俺は?
俺は、何になるの?
役者をやって、それから?
ポケットの中で、スマホが震える。
一件のメッセージ。
『我想见你 。我想说 。』
俺はしばらくこのメッセージを見つめ、今日の舞台が終わったら会うと約束をした。
舞台が終わり、帰り支度をすると劇場の入口で劉が待っていた。
目が合うと、劉は泣きそうになって顔をゆがめる。
「天華……!」
外にも関わらず、ぎゅっと体を抱きしめられる。つま先立ちになるくらい、強く強く抱きしめられる。
「母さんが酷いこと言ってごめん!守ってあげられなくて、ごめん!傷つけてごめん!!」
「劉……」
ごめんって、何?
俺、好きな人にこんなに『ごめん』を言わせて、何やってるの?
こんなに優しい人を傷つけたのは、俺じゃん。
「俺の方こそ、ごめん……。逃げてた……」
「……あれから、色々考えたんだ。母さんのこと、天華のこと」
俺を抱きしめる劉の姿を舞台の関係者が訝しげに見ている。
ここじゃ落ち着いて話できないな。
「劉、ここから出よ」
劇場を出て、しばらく歩くと公園が見えた。
たまに劉とコーヒー飲みながら話してた公園。
公園の時計は既に夜の九時を回っている。
自販機で何か買おうと思い、財布を出そうとすると、横から劉がすっと硬貨を自販機に入れる。
「何飲む?」
「えっと……今日は温かいお茶でいい」
劉は長い指でボタンを押し、お茶を買ってくれた。
劉も同じものを買い、二人でベンチに腰かける。
(こういう気遣い出来るやつ、女がほっとくわけないよな)
優しいし、頭いいし、金持ちだけど、それを鼻にかけてないし……。
(俺なんかより、劉は女の人と暮らした方がいいんじゃないか?跡継ぎもいるし、子どもも欲しいかもしれないし)
今まで抑えていた感情が劉を目の前にして、一気に溢れてきた。
「天華、話を聞いてもらってもいいかな?」
「うん……」
「俺、留学しようと思う」
「留学……?」
留学って……外国?
外国に行くから、別れる……とか?
俺は別れ話をされるとびくびくしていた。
俺は、勝手だ。
劉から逃げてたくせに。
劉を、避けてたくせに。
「一緒に来て欲しい」
「え……?」
「出発は明日の12時、イギリス行きの便に乗る」
劉は手短にそれだけ伝えると、ぐっとコーヒーを一気飲みすると、ゴミ箱に缶を捨てた。
「もし、俺と一緒に来てくれるなら、空港で待ってる」
それだけ伝えると、劉は立ち去ってしまった。
呆然と立ち尽くす、間抜けな俺だけを残して。
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