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番外編3:劉さんと天華 3
『劉、久しぶりじゃん』
お店で話しかけてくれたのは、多国籍料理店でアルバイトをしているロシア人のトーニャ。
『トーニャ。もうアルバイト終わり?』
『うん。これから約束があるんだ……そちらはお友達?』
トーニャは僕の肩に顔を乗せて、天華を見る。
トーニャも美男子だ。彼目当てで通うお客もいるとかいないとか……。
『友達っていうか……僕の大切な人だよ』
『……そう。じゃあ約束があるから、またね、劉 』
トーニャは僕のことを気に入ってるらしく、耳元でそう囁いた。
僕はトーニャのことはあまりタイプじゃないから何も思ってないけど、目の前の天華は明らかに怒った顔をしている。
「なにあいつ……」
「あ、あの子はトーニャって言って、ここのバイトの子で……」
「そういうことじゃなくて!あいつ、絶対俺に見せつけてた!」
「トーニャは皆にああいう感じなんだ。気にしないでよ」
天華はぷぅっと頬を膨らませた。
そんな顔も可愛い。
「……じゃあ、俺がああいうことされても平気?」
「平気じゃない。嫌だ」
やや食い気味できっぱり言った。
天華と誰かが引っ付いてるなんて嫌だ。
あ、でも、映画出始めたら、キスシーンとかもあるんだよね……?
「そんなのやだーーー!」
「な、何急に大声あげてるんだよ!静かにしろよ!!」
妄想したら悲しくなる。
その後も妄想で散々泣いてたら、天華に殴られてしまった。
ーーー
「もしもし……あ、紅 ?あのさ、車出して欲しいんだけど……え?あぁ……家にはまた帰るからさ。よろしく」
紅に電話するのなんて、何年ぶりだろう。
僕の家は国内でも有名な建築会社で、僕はその跡取り。
今の大学で建築の勉強をした後、大学院に進む予定だ。
引かれたレールの上を走るとはまさに僕のこと。
昔から、立派な跡取りになるために親から厳しくしつけられ、勉強も運動も上位五位以内に入るように教育を受けてきた。
おかげで子どもの頃は遊びらしい遊びもせずに、寂しい思いをした。
紅はそんな僕に仕えてくれている二つ上の男。
小さい頃から僕のそばにいてくれる兄のような存在だ。
しばらく待っていると、黒塗りの車がやってきた。
その車の窓が開くと、黒髪の男が顔を出した。
「迎えに来た」
「紅、すまない。僕の家に送ってくれないか。この子と」
バーで酔いつぶれた天華と一緒に車に乗り込んだ。
「その子は?」
「この子は、えっと……」
「……あなたは厳しく育てられてきた。大学生になり羽を伸ばしたい気持ちもわかる。けれど、何処の馬の骨かわからない女と付き合うのは……」
ん?色々勘違いしてないか!?
「紅!この子はそんなんじゃない!!それに天華は男だ」
「む、そうなのか。でも、あなたは男が好きでしょう?」
「……まぁ、そうだけど。この子はそういうのじゃない」
そうなればいいなと思ったことはあるけど、だいたいは叶わぬ恋に終わり、口に出せぬまま終わる。
俺は男しか好きになれない。
紅は普段表情を変えないし、冗談も通じない堅物……だけど、唯一俺のセクシャルについて知っている男。
そういうことを知っても引かずにそばに居てくれるのは本当にありがたい。
「着いたよ」
「紅、ありがとう。助かったよ」
「奥様……社長の所にも帰ってあげてくださいね。気丈に振る舞われているが、旦那様が亡くなって、意気消沈されている。あなたがたまに顔を見せてくれたら……」
母さん……。
父さんが亡くなって一年。副社長だった母さんがその跡を継ぎ、社長になった。
元々厳しい人だったけど、社長になってからは輪をかけて厳しくなった。
「分かったよ。また近いうちに帰る」
「それ、この前も言ってましたよ」
軽く笑いながら、紅は帰っていった。
(うっかり帰ったりなんかしたら、会社がどうの、結婚がどうのって言われるじゃないか。まだそういうのはいいんだ……)
僕は天華をおんぶしながら、五階建てのマンションのエレベーターに乗り込む。
こんなにべろべろに酔っ払うなんて思わなかったけど……。
三階の角部屋が僕の部屋。
彼をベッドに寝かせて、その横に座った。
まだ酔いが抜けていないのか、天華の頬はまだ赤い。
豊かな黒髪はシーツに広がり、男にしては血色のいい唇からはスースーと規則的な寝息が聞こえる。
(綺麗な顔だ……寝てるだけなのに……こんなに惹かれてしまう)
そっと頬を触ると、天華はビクリと体を震わせる。
「やめて……触らないで……」
体を丸め、天華はベッドの上で震えていた。
怖い夢でも見ているのかな……。
あぁ、そうだ。子どもの頃、怖い夢を見て眠れなくなった時、紅が肩を叩いて安心させてくれた。
なんとなくその時の思い出が蘇って、天華の細い肩をトントンと一定のリズムで優しく叩いてあげた。
ぎゅっと力を入れたまま丸まっていた天華の体は次第に力が緩み、また規則的な寝息に変わった。
君の夢が少しでも穏やかなものになりますように……。
朝、まだ天華はベッドで眠っていた。
隣で寝ようかと思ったけど、天華の顔を見ていると、その……なんと言うか、やましい気持ちになりそうな気がして、気が引けた。
ただでさえ、劇団で枕営業しろなんて言われてたんだから、警戒されるかもしれないし。
朝ごはん、作ろうかな。
「天華は、何が好きかなぁ……」
あの酔いっぷりだと二日酔いになってそうだな。
「うん。お粥にしよう」
ーーー
「あー!やっぱり締めは劉のお粥だな!」
お店でご飯を食べた後、何件かバーを周り、僕のフラットに戻った。
僕らがお酒を飲んだ後、締めは必ず僕が作ったお粥と決まっている。
「天華が二日酔いでゲロゲロしてた時から作ってるもんね」
「ゲ、ゲロゲロなんかしてない!!……劉の家では」
ずずっと残りのお粥を平らげる。
僕の料理は天華の口に合っていたらしく、二日酔いで介抱したあの夜以来、ご飯を食べる仲になった。
天華は家事が苦手らしく、ろくなものを食べてなかったらしい。
「あーなんか久々に故郷の味を食べたって感じ」
「おふくろの味?」
「うん。最近はフランス料理ばっかりでさ。ちょっと飽きてたところ」
「天華は贅沢だなぁ~」
食べ終わった後、僕の部屋のベッドでゴロンと二人で転がった。
「天華、お腹膨れてる」
「明日には引っ込むからいいの!食べすぎるの我慢してたんだから、今日くらいはいいだろ」
「ストイックな天華が珍しいな」
「ずっと映画のために筋トレしてたんだ。見てよ、結構筋肉ついただろ?」
細かった体は少しだけ筋肉質になっている。
「どれどれ?」
「あっ……ちょっと、そこは違うってば!!」
僕が天華の胸をさすると少し顔が赤らんだ。
ビデオチャットとは違う。
本物の天華。
脇腹や首筋を撫でると、天華の吐息は少し弾む。
トロンとした瞳で僕を見つめる天華にそっと口づけをする。初めは軽く、そこからどんどんと舌を絡め、深くなっていく。
「劉……本当に俺とアメリカで暮らすの?」
「何で?嫌?」
「嫌じゃない!嫌じゃないけど……劉は、お母さんの会社を継ぐんでしょ……?」
「……継ぐよ。それが約束だから」
「大学院で勉強している間はアメリカにいてもいいかもしれないけど、そのうち中国に戻ることになる……でも、俺はすぐに中国には戻れない。世界で認められないと、劉のお母さんには認めてもらえない……!!」
なんだ。そんなことを悩んでいたのか。
泣きそうになっている天華が愛しい。
「大学院の後は、アメリカの外資系建築会社に務めるつもり。修行のためにね。その後のことも、ちゃんと考えてるよ。そのために頑張ってるんだ」
そうだ。お互い頑張るんだ。
他の奴らになんか邪魔はさせない。
皆に認めてもらわなくてもいい。
でも、反対なんかさせない。
有無を言わせないために、天華を幸せにするために……頑張るんだ。
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