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番外編3:劉さんと天華 2
「劉!」
空港のエントランスのベンチに腰掛け、本を読んで待っていると、前から黒いキャップを被り、黒縁の眼鏡を掛けた小柄な青年が少し小走りに僕の元にやってきた。
「天華、お疲れ様」
「お前、いつから待ってたの」
「いつ来るか分からなかったから、夕方くらいからかな」
「夕方!?今、夜の七時だぞ!」
びっくりした顔も可愛い。
「早く会いたかったから」
「……は、早く来すぎなんだよっ。全く……お前って暇人なの!?」
デレた。
「うん、今日は大学も休みだったから、暇だったんだ」
「買い物したり、散歩したり、もっと有意義な時間の使い方できないのかよ」
「買い物しながら天華のこと考えて、散歩しながら天華のこと考えて、待ってる間天華のこと考えてた。有意義な時間だったよ」
正直に天華に伝えると、さらに天華の顔は真っ赤になった。
照れてる、照れてる。
「~~~っ!バカ!腹減ったから、どっかで食べに行くぞ!!」
天華は怒りながら、前を歩いていく。
そういえば、初めて直接会った時も怒ってたっけ。
ーーー
天華という役者を知ってから、僕は時間があれば劇場に足を運び、天華の出ている演目を全て見た。
役がそのまま彼に覆いかぶさるように憑依する。
目立たない役が多いけど、それでも僕は彼を目で追ってしまう。
何で人気が出ないんだろう。
いや、僕だけが知っているだけでもいいような気がする。
劇が終わったあと、しっかり今日の分のパンフレットと何枚目か分からないブロマイドを買った。
何枚あっても足りないくらい。
売店の人は僕の顔を覚えているらしく、また天華のブロマイド買っていくのかと、仲間内でくすくす笑っていた。
劇場を出て、どこかでラーメンでも食べて帰ろうかと路地裏を通ると、劇場の裏口の扉が勢いよく開いた。
すると二人が口論しながら飛び出してきた。
「そんなことしたくないっ!俺は芝居がしたいだけなんだ!!」
「天華……みんなしてる事だ。有名になりたいんだろ?舞台の真ん中で芝居をしたいんだろ?」
豊かな長い黒髪を振り乱しながら、美しい顔を怒りで歪めている。
眼鏡をかけた男は美しい青年の腕を掴み、グイグイと劇場の中に引き入れようとしている。
「やめて……っ!離せ!!嫌だ……!」
(彼は……天華!!)
舞台用のメイクを落とし、服もラフなジーンズとTシャツ。
それでも、彼の美しさは変わらない。
僕は考えるよりも先に体が動いた。
僕は男を後ろから首筋を狙って、手刀を食らわすと、ぐったりと伸びてしまった。
天華は大きな目をパチクリとさせ、僕の顔をじっと見つめている。
(そんな可愛い顔で見つめないでほしい……)
「あんた、誰……?」
「……僕は、その……劉だ。ここにいるとまずい。逃げよう」
「え?ちょっと……!!」
気づけば天華の手を引いて、キラキラと光る看板達の間をすり抜け、繁華街の地下にあるバーに飛び込んでいた。
「はぁ……久々に走った……」
出された水をぐいっと飲み干し、ちらりと天華の方を見ると、こちらをじっとりと見ている。
『お前、誰?こんな所に連れてきて何するつもりだ』
と、言わんばかりの冷たい目線。
そりゃ、そうだよね……。
「ごめん……えっと……僕、君のファンなんだ!!」
「ファン……?」
明らかに怪しいという目で見られている……。
僕は慌ててカバンからパンフレットとブロマイドを差し出した。
「今日の公演も見に行ったんだ!君のブロマイドも……今日の貴族の役も素敵だった……」
差し出したパンフレットとブロマイドを天華は手に取る。
「ブロマイド、買ってくれたんだ……」
「ほ、他にも、この写真とこの写真も!!全種類持ってる!!」
「ぜ、全種類……?マジ……?」
財布に入れていたお気に入りのブロマイドを二枚、さらに差し出した。
家にもたくさんある。同じブロマイドもあって、持ち歩き用と保存用と観賞用の各々三種類ずつ。
っていうか、本人にブロマイドを差し出すとは何という光景。
「……ありがと」
「え?」
「俺のブロマイド、売れ行きそんなに良くないから……」
嘘だ!!と言いたかった。
だって、こんなに美人で、演技もうまいのに!!(当社比)
「……端役ばっかりで、主役になれないし」
「端役でも、僕は見てるよ。何役もこなす君の姿、目で追っちゃうんだ」
そう。僕が目で追うのは、端役でも手を抜かずに最後までその役を演じ抜く君。
役名がなくても、僕は君のこと見てるんだ。
天華は急に俯くと、ジーンズの膝の部分にぽたぽたと何かが落ちる。
「天華?」
「そんなこと、言ってくれたの……初めてだ」
ポロポロと涙をこぼす天華。
こんなに綺麗な人でも、舞台では主役になれないのか……演劇の世界って厳しいんだな。
「このハンカチ、使って?な、何か食べる?」
ハンカチを手渡し、適当にいくつか頼む。
「飲み物、飲む……?」
「ちょっとだけ、お酒飲みたい」
「分かった!……すみません!これとこれとこれと……」
……ちょっと頼みすぎた。
テーブルにずらりと並んだ料理に圧倒されていると、天華は手元にあったウーロンハイをぐびぐびと飲み干した。
飲み干した汗をかいたグラスをドンと置くと、さらに奥のグラスを飲み干していく。
僕がその飲みっぷりに圧倒されていると、僕の前にあった紹興酒も鷲掴みし、ぐびぐびと飲み始めたから、思わず止めた。
さすがにハイペースで飲みすぎでしょ!!
「待って、天華!ペースが早いよ!!お水も飲まないと酔っちゃうよ?!」
「いいんだ……!俺、演劇向いてないんだもんっ!!明日はオフだし、飲みすぎたって誰も迷惑かけないし……」
顔を真っ赤にして、涙を溜めながら愚痴をこぼす。
そんな姿も色っぽい……。
「何でそんなに荒れてるの?あのメガネの男の人と何を揉めてたんだ?」
僕は水を天華に手渡し、彼は細い指でそれを受け取った。
「……あの男は劇場のマネージャーで、俺が舞台に立ち始めた時からお世話になってて。信頼してたんだ。信頼、してたのに……俺に枕やれって……」
「ま、枕……?」
「枕営業。俺のいる劇団は新人もベテランもオーディションで決めるんだけど、主役級の役は演出家や監督がほぼ独断で決めてるらしい。その決め手になるのが枕営業なんだ」
そんな酷いこと……。
「マネージャーは若手の俳優に目をつけて、主役にする代わりに監督や演出家と寝ろって……お前は美人だから男でもイけるって……。でも、俺、そんなことするつもりで頑張ってきたんじゃないっ!!枕営業しないと役が取れないなんて……今までの努力を全否定されたみたいだ」
僕は思わず、天華を抱きしめた。
折れそうなほど細い肩。
震える体が愛しい。
「うっ……ふっ……」
嗚咽が聞こえ始め、泣いているのが分かる。
泣かせてあげよう。
不安は全て吐き出してあげるのが一番だ。
「う、うえ……」
ん?うえ?
「き、気持ち悪い……吐きそう……」
「え!?吐く!?ま、待って!!トイレまで歩ける??!!」
それは吐き出されては困る!!
天華の体を支えながら、トイレに連れていった。
吐き気がひとしきり治まると、眠くなったらしくソファで天華は寝てしまった。
さて、困った。
おんぶしていってもいいけど、家がわからないし、劇団に帰るわけにもいかないよなぁ……。
「仕方ない、奴に頼むか……」
カバンからスマホを取り出し、電話をした。
ーーー
「劉、家族は元気?」
フラットの近くにある多国籍料理でご飯を食べる。
ここは遅い時間でもやってるから助かる。
天華はパスタを食べながら、僕の家族のことを聞いた。
「相変わらず。母さんは会社の経営で忙しい。早く戻って来いってうるさくてさ」
「劉のお母さん、早くお前に帰ってきて、一緒に仕事がしたいんだよ」
「アメリカで今度は勉強する予定だから、すぐには帰れないんだけどね。アメリカに行ったら、天華とも近くなるかな?」
今、天華はアメリカのブルックリンに住んでいる。
あの劇団を辞めてから、天華はアメリカに飛び、オーディションを受けまくった。
そして、ハリウッド映画に出たのをきっかけにオファーが殺到した。
今はまだ売り出し中だけど、きっと大きな存在になる。
あの劇団も悔しいだろうな。こんな逸材を見逃すなんてさ。
「……じゃあ、住む?一緒に」
天華は片肘をつきながら、こちらを見つめる。
「いいの?」と僕が聞くと、くすっと笑った。
「ルームシェアした方が家賃も安く済むし、そろそろ新しい場所に引っ越そうかなって思ってたから」
「嬉しいな」
天華は口の端についたトマトソースをぺろりと舐める。
「いつか、俺のために家建ててくれるんでしょ?」
「もちろん。素敵な家を建ててあげる」
そう約束したんだ。
有名になっていく天華に恥じない男になることと、天華のために素敵な家を建てるって。
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