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番外編3:劉さんと天華 1
『劉さん、ありがとう』
『洋平、元気でね。またメールして』
『うん、日本着いたらメールするよ』
約一ヶ月、日本人の男子大学生二人とルームシェアをした。
今まで色んな外国の人とルームシェアしてきたけど、今回、初めて日本人とルームシェアをした。
今日別れたのは町田洋平。
あんなに見事な金髪の日本人は初めて見た。
日本人でもあんなに明るい髪に染めるんだなと思い、偏見は良くないと反省した。
もう一人のルームシェアの相手は山岡真尋。
彼は少しぼんやりとした所があるけど、勉強熱心で、頑張り屋だ。
留学先の大学の教授と今回めでたく結ばれ、今は二人でロンドンを巡っている。
洋平を見送ったあと、スマートフォンにメッセージが入っている。
『劉、今夜そっちに行く』
絵文字も何も無い短い文章。
送り主は俺の恋人。
そういえば、フランスにいるんだっけ。
今、映画の撮影をしていると言っていた。
主役ではなく、脇役だが、ストーリーの重要な役どころらしく、嬉々として報告してくれたのだ。
『嬉しいっ!こんなに大きな役、初めてだ!』
恋人の天華 は、画面の中で花のように笑う。
今すぐ抱き締めたい。
頑張ったねって、頭を撫でて、たくさんキスをしてあげたい。
そんなことしたら、『まだ頑張ってる途中だから……!』なんて照れるかも。
「ふふ……っ」
いつもクールな天華が照れるのを見るのは好きだ。
そう思うと思わず笑みがこぼれてしまう。
素早くスマホをタップし、返信する。
『分かった。待ってる。何時にこっちに来る?』
ピロンとすぐに返信がきた。
『今日は雑誌の取材が終わったら、三日間オフになるから。取材が終わり次第』
なるほど。何時になるか分からないと。
素早くタップ。
『分かった。いつまでも待ってる』
送信。
送信画面の文章に心の中で苦笑する。
(相変わらずの忠犬っぷりだな)
いつだって、僕は天華の忠実な下僕で、一番の友達で、盟友で、……恋人だ。
窓の外を見ると、ポツポツと雨が降ってきた。
イギリスは雨が多い。
そういえば、天華と出会ったのもこんな雨の日だったなぁ。
ーーー
「劉!」
大学のエントランスで次の講義が休講になったことを知り、帰ろうと思っていたところを友人に呼び止められた。
「あぁ。どうしたんだ?」
「劉、暇か?」
「昼からの講義が休講になったから、暇になった」
友人は「良かったぁ~」と安堵の表情をする。
彼が鞄からチケットのようなものを取り出す。
「これ、やるよ!」
「何のチケット?」
「最近人気の劇団のチケット、なかなか取れないんだよ」
「何でそんな貴重なものをくれるんだ?」
僕がそう聞くと、相手はがっくりと項垂れる。
な、なんか悪いことでも言ったかな……。
「彼女にあげたかったんだけど、あげる前に振られた……」
「……なんか、ごめん」
ありがたく頂こう。
そして、彼に新しい彼女ができますように。
友人と電車で二十分。
繁華街のような場所に小劇場がいくつか集まっており、役者や大道芸人が所狭しと街道の左右に別れて客引きをしている。
「劉、ここだ」
小劇場の中では一際目立つ朱赤の壁の建物。
金色の看板には『竜胆 歌劇団』と書かれている。
小さな劇団は劇場を借りて、芝居を見せるが、この小劇場は歌劇団の専用劇場らしい。
ポスターが飾られたケースには『華宮 の天女』というゴテゴテとした字体のタイトルと天女に扮する女優の後ろ姿が写っている。
さすが、人気の劇場らしく平日の夕方でも劇場のラウンジは人がいっぱいだ。
「もう開場時間らしいぞ」
前から二列目。ちょうど真ん中の席、役者の演技も近くで見ることが出来る良席だ。
「すごく良い席だな」
「三ヶ月前に取ったんだ……彼女、ここの劇を見たい見たいっていうから、結構頑張ってチケット取ったのに……」
「まぁ、人気の劇みたいだし、僕が相手で申し訳ないけど、楽しもうよ」
肩を落とす彼を慰めていると開演のアラームが鳴った。
幕が開き、天女が現れた。
ライトに照らされ、舞台の真ん中で優雅に舞い始めた。
天界に住む天女の一人が下界の皇帝に恋をして、人間として生きようとするストーリー。
主役の天女は綺麗な女優だが、オーバーな演技が何となく自分の好みではないと思ってしまった。
(それよりも……)
天女の周りにいた他の天女役に目を惹かれた。
美しい黒髪を金の髪飾りで結い上げ、白い肌はライトに照り輝いている。
端役らしく、天女だけではなく、皇帝に仕える衛兵の役をしたり、女官の役をしたりと色々な役をしていた。
(衛兵の役もこなしている……ということは、男?)
オールマイティに数々の役をこなす彼を目で追ってしまう。
一挙手一投足見逃したくない、彼の声を聴き逃したくない。
つい前のめりになりながら、見入ってしまった。
「ありがとうございました!」
あっという間にカーテンコールの時間となり、役者全員で観客に挨拶をしていた。
僕は拍手をしながら、ぼんやりと舞台の端にいるあの役者を見つめた。
(どうして、あんなに演技力のある役者が端役なんだろう……。他の役者は正直、言うほどでもなかったと思うが……)
「劉!おい、劉!!」
友人に声をかけられ、客席には自分たちしかいないことに気づいた。
「ぼんやりして……あ!分かった!あの女優に惚れたんだろー。演技はちょっとオーバーだけど、美人だったからなぁ~。ブロマイド買っちゃおうかなぁ」
「ブロマイド?」
「ラウンジに売店があってな、役者のブロマイドとか演目のパンフレットとか売ってるんだ。劉も買う?」
ラウンジにはたくさんの客がブロマイドやグッズを買い求めている。
「あー!雪 のブロマイド、売り切れてるー!!」
「シュエ?」
「あの主役の女優だよ。買おうと思ってたけど、やっぱり人気の役者は売り切れるの早いなぁ」
落ち込む彼をよそに僕はあの役者のブロマイドを探すと端役は端役で固められているようで、カゴの中に乱雑に入っている。
カゴの中を探すと、何枚かあの役者のブロマイドが出てきた。
(やっぱり綺麗だな……)
ブロマイドの裏にはサインが書かれている。
「天華 ……」
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