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第1話 忍び寄る影

僕の手中にある携帯が鳴る。 出なくても解る。 だってこれは、竜一専用の携帯だから……… 僕は慣れない手つきで通話ボタンを押し、耳に当てた。 「……おぅ、さくら」 愛しい人の低くて甘い声が、僕の鼓膜を擽る。 「今からそっち行くから、待ってろよ」 僕の返事も聞かず、一方的に切ってしまうのは本当に竜一らしい…… 「……うん」 もう通話が切れているにも関わらず、僕はそっと返事をする。 そうしながら、体の深部から湧き上がった熱が、指先などの細部まで駆け巡るのを感じた。 ……竜一……早く逢いたい…… 携帯を仕舞うと、急にそわそわして 僕は冷蔵庫や棚の中を覗く。 これといって何もない事はわかりきっていたけれど、本当に何もなくて……やっぱり落胆する。 こういう時の為に、普段から準備しておいていたのに そのストックが切れた時に限って……なんて…… ……今から何か、買ってこようか。 竜一が今何処にいて、どれ位で来るのか解らない。 ……でも、コンビニ位なら…… 部屋着のまま、財布を掴みサンダルを引っ掛け飛び出した。 アパートを出て、そこから真っ直ぐ伸びる細い道を走る。 大通りに差し掛かれば、右手に現れたのは大手のコンビニ。 地元住民です、と言わんばかりの格好……Tシャツにショートパンツ姿……が雑誌を取り揃えた場所のガラス壁に、うっすらと姿を映す。 「………」 いくら最近暑くなってきたとはいえ、真夏の様なこの格好を少しだけ後悔した。 それでもここまで来たのだから、と店内へ入る。 最近は省エネが進み、店内の照明が煌々としていた時期に比べ、少し薄暗さを感じる。 グルリと店内を見回し、やはり辿り着いたのはお酒のコーナー。 ビールにつまみ……そうは思うけど、アルコールは未成年には売って貰えない…… 「………」 もし僕が竜一みたいに、大人の顔立ちだったら きっと疑われる事なく買えるのに…… いっそ、父に頼まれた、とか……久し振りに会う父に、どうしてもビールを用意したくて……とか言って訴えてみようか…… もしかしたら、売ってくれるかもしれない…… なんて馬鹿な事を考えてしまう。 「……」 仕方なく、僕はノンアルコールビールを二つ手にした。

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