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第16話

他にどんな人が住んでいるのかなんて、知らない。 アパートの敷地内で、他の住人とすれ違う事はあるけど。特に会話を交わした事もないし、顔や背格好も何となくしか覚えていない。 それ程関係は希薄で。きっと余所ですれ違ったとしても、全く気付かないだろう。 吹き込む風が弱まりカーテンが落ち着きを取り戻すと、半分閉じてしまった隙間から青空が顔を覗かせる。 そこから眩しい程の日射しが降り注ぎ、磨いた床の一角を反射して明るく照らす。 「……」 ……喉、渇いたな。 ふとそんな事を思い、立ち上がって台所へと向かう。 ガス点検のお知らせが貼り付けられた冷蔵庫。軽く手を洗った後、そのドアを開けて麦茶を取り出す。 その時、冷蔵庫内のストックが減っている事に気付く。 竜一に言われたから、ショートパンツを外では履かない。露出度の高い格好を、他人には見せないようにする。 ストレートジーンズをタンスから引っ張り出して履くと、ウエストが緩くなっているのに気付く。 何となく、お尻の辺りもぶかぶかしてかなり緩い…… 「……」 ここで暮らし始めてから、少し痩せた気がする。 前は大抵誰かいて、規則正しい生活をそれなりに送れていたけれど。今は意識しないと、三食きちんと摂っていなかったりする。……作り置きは、しようとする癖に。 腰骨で引っ掛かってはいるものの、何かの拍子にずり落ちてしまいそうな程心細い。 ベルトを探すけれど、持っていた記憶がないのだから、きっと無いんだろう…… 「……」 仕方なく、緩いまま外に出る。 大通りから駅方向へと向かい、最寄りのスーパーに辿り着く。 早速カートに買い物カゴをセットし、店内を回る。 ……そういえば竜一、ポテトサラダを口に入れて、美味いって言ってたっけ…… あの時の竜一の声を思い出し、胸の奥に柔らかな熱が灯る。 常備しておこうと、青果売り場でじゃがいもを手に取った時だった。 「……」 ……あれ。 ふと、その時のシーンが頭の中で再生する。 確か……ハンバーグとポテトサラダ、ほぼ同時に食べてたような…… 美味いって言ったのは、もしかしてハンバーグの方……? 「……」 その手が止まり、カゴに入れるのを躊躇う。 ……ちゃんと、聞けば良かった…… そんな些細な事で肩を落としている事に気付き、何だか可笑しくなる。 それだけ僕は、満たされてるんだろう…… 毎日逢える訳じゃない。 逢いたくても、此方からは逢えない。 だけど……今までよりも一番近くて、大きなものに包まれているような感じがする。 竜一の大きな手──武骨で、乱暴な時があるけれど。温かくて……とても安心する。 「……」 レジ近くにある米売場が目に止まり、残りが少なかった事を思い出す。 細くて筋肉のない僕の腕では頼りなく。他の買い物の重さを考えたら、1キロが限界で。軽量サイズのものを探すけど、既に売り切れてしまっていた。 「……こんにちは」 その時、突然背後から声を掛けられる。

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