56 / 555
第56話
遮光カーテンだけが開かれたままで、閉じた白いレースカーテンが月明かりでぼんやり蒼白く光っている。
……夢……
安堵の息が漏れる。
多分、あんな夢を見たのは、この光のせいかもしれない。
「……震えてんぞ」
ハイジの指先。それが、僕の横髪に触れ、耳に触れ、肩に触れ、脇腹に触れて……そのまま腹を撫でるように滑り下りる。
ぎゅっと背後から抱き締められ、ハイジの温もりに包まれる。
「怖い夢でも、見たのかよ」
ハイジの匂い。熱い息。
お腹に回った右手が、僕の右手を見つける。その甲を優しく包み、指間に指を差し入れ、きゅっと握る。
「……ううん」
「じゃあ、何だよ」
「………」
その温もりは、僕を安心させてくれた。
僕の事情を知らない筈の手なのに、大丈夫だよ、と言っているようで。
胸の奥にある柔らかな所が、ぎゅっと締め付けられる。
……ハイジ……
堪らなく目を閉じる。
瞼の裏……そこに、容赦なく映し出される、先程の光景──
ぽろっ……ボト、 ぐちゃ。
血に濡れて……
それでも僕を助けようと、懸命に手を動かすアゲハ………
「………オレの、せいか?」
溜め息混じりの声。
何処か虚ろげで………弱々しい声。
「そんなに、怖ぇか……オレが」
何処か諦めた様な、哀しい声。
繋がれた手が不意に解かれ、布擦れの音と共にハイジの温もりが消えていく。
″ ………なんで……
なんで助けたオレを、そんな瞳で見るんだ………!! ″
瞬間、脳裏に幼いハイジの叫び声が聞こえたような気がした。
……違う……
違うよ……ハイジ。
ハイジの方へと向きを変え、その温もりを追いかける。
腕を伸ばし、ハイジの背中を捉えると、遠慮がちに身を擦り寄せた。
ともだちにシェアしよう!