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第56話 連鎖

××× ガタガタガタ…… 暗くて狭い折檻部屋。そこに、膝を折り畳んで小さな背中を丸める。 もうずっと、震えが止まらない。 ……おかあさん……どうして…… ジンジンと熱く腫れぼったい頬に、そっと触れる。涙でぐしょぐしょに濡れたそこは既に粘着性を帯び、指を離すと皮膚が引っ付いてくる。 ぼく……なんにもわるいこと、してないのに…… まだ呼吸も整わず、上擦りながら鼻をスンッと啜る。 キィ…… 突然、開かれる戸。 その瞬間──眩い光が隙間から射し込み、思わずぎゅっと目を瞑る。 『さくら……おいで』 ゆっくりと瞼を持ち上げれば、逆光で顔がよく見えないものの、アゲハだと解る。 嬉しくて、嬉しくて……僅かに顔が綻ぶ。 ──なのに。 眩い光の向こう側から、アゲハの手が差し伸べられるだけ…… 『……』 なんで…… なんでいつも、ぼくのところにきてくれないの……? とじこめられるのが、こわいから? それとも……アゲハにはこんなところ、にあわないから……? 『一緒に、謝りに行こう』 『……うん』 一瞬、生まれた疑問。 それが色濃く強く、僕の心に影を落とす。 ……何でだ。 何でいつも、安全地帯から手を伸ばすだけなんだ。 本当に僕を助けたいと思ってるなら、この部屋に入ってくればいいだろ。 偽善者。僕を助けて、(さぞ)かし良い気分だろう。 眉目秀麗。才色兼備。温厚篤実。 あらゆる賛美の言葉を受け、キラキラと煌めくようなオーラを振り撒き……勉強も運動も難なく熟し、周囲を気遣う優しさまで持ち合わせている。 おまけに、出来の悪い弟をも庇う──完璧な王子様。 爽やかな笑顔なんて、見たくもない。 僕が見たいのは── 射し込まれる光が、蛍光灯の白色から月明かりの淡い蒼白色に変わる。 アゲハの手だけがぼうっと浮かび上がり、ひらひらと舞う蝶の姿へと変化していく。 蒼白く光る、煌びやかな羽根。 それが、さらさらとした淡い光に溶け込みながら、優雅に舞い飛ぶ。 それはまるで、ハロウィンの夜に見た、ホスト姿のアゲハのよう。 此方に気付いたのか。 ゆらゆらと、優雅に舞っていた蝶が蒼白い光の中心から外れ、その美しい羽根が闇の端に触れる。 ──瞬間。 ぽろっ、と……もげ落ちる羽根。 ……え…… その羽根の上に、身がポトリと落ち、辺りに真っ赤な血が濡れ広がっていく。

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