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第55話 連鎖

××× ガタガタガタ…… 暗くて狭い物置部屋に身を隠し、膝を折り畳んで小さな体を丸める。 もうずっと、震えが止まらない…… ……おかあさん……どうして…… じんじんと熱く腫れた頬に、そっと触れる。既に涙でぐしゃぐしゃに濡れ、粘着性を帯び、指を離せば頬の皮がひっついてくる。 ぼく……なんにもわるいこと、してないのに…… まだ呼吸が整わず、上擦りながら鼻をスンと啜る。 ″さくら。お兄ちゃんが来たから、もう大丈夫だよ……″ 突然、戸が開かれる。 その瞬間……眩い光が射し込み、思わず目を瞑った。 ゆっくりと瞼を上げる。 逆行で、アゲハの顔がよく見えない。 でも、声はアゲハだ。 嬉しくて、顔が綻ぶ。 光が射し込む向こう側から、アゲハが手を差し伸べる。 いつもの事。何てことはない。立ち上がって、その手を取るのなんて…… だけど、どうして。 何でアゲハは、いつもこの部屋に入って来てくれないんだ…… ここが暗くて狭くて、アゲハには相応しくないから……? ″出ておいで″ ″……うん″ 一瞬生まれた疑問。 それが、色濃く強く、僕の心に影を落とす。 何でだ。 何で自分だけ安全な場所にいて、僕の所に来てくれないんだ。 本当に僕を助けたいなら、この部屋に入るくらい、何てことないだろ。 偽善者。僕を助けて、さぞいい気持ちなんだろう。 イケメンだとか、頭脳もスポーツも万能とかで、学校では『王子』なんて呼ばれて。出来の悪い弟をかばって、内面まで アピールして。 完璧な王子。 爽やかなその笑顔なんて、見たくない。 僕が見たいのは…… 射し込まれる光が、蛍光灯の白から月明かりに変わる。 アゲハの手のひらだけがぼうっと浮かび上がり、ひらひらと舞う蝶に姿を変えた。 蒼白く光る、煌びやかな羽根。 それが、さらさらとした淡い光に溶け込んで、優雅に舞い飛ぶ。 あの夜に見た、ホスト姿のアゲハのように。 ゆらゆらと優雅に魅せつける羽根。 此方に気付いたのか、アゲハ蝶が蒼白い光から外れ、闇に触れた。 瞬間。 ぽろり、とその羽根がもげる。 ……え…… 落ちた羽根の上に、その身がポトリと落ち、辺りに真っ赤な血が広がる。 ″ さくら……お兄ちゃんが守ってやるからな ″ いつだったか…… アゲハのベッドで眠る僕の髪を、アゲハの優しい指がそっと掬って撫でる。 温かくて、擽ったくて、切ない程心地良くて…… 気持ちいい……アゲハの手。 その手が、闇の中で 必死に出口へと指し示して……… ″ 逃げろ、さくら ″ ……どうして 闇に引き込んだのは、僕なのに。 なんでこんな僕を、どうして……… 「……さくら」 体を小さく揺らされる。 次いでその手が、僕の髪にそっと触れた。 ……アゲハ…… 「大丈夫か?……随分うなされてたけど」 その声に、僕はパチンッと瞼を上げた。

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