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第54話

こういう客は珍しくないのだろうか。 それとも客商売だからと、ある程度我慢しているのだろうか。 タクシー運転手は立ち入る事なく、静物の様にオーラを消し、ただ車を走らせている。 重なった手…… ハイジの掌と僕の掌が合わさり、指が深く絡められる。 まだ暑い季節でもないし、空調を利かせてる訳でもないけれど…… そこが次第に湿っていき、じわじわと熱くなっていく。 僕の頬に触れたハイジの指先。 それが僕の横髪に潜り、優しく梳く。 「………」 クチュ…… ゆっくりと、離れ難そうに ハイジの舌が抜かれれば 細く、艶やかな糸を引いた。 ……はぁ 鼻先にかかる熱い息。 甘く蕩ける瞳。 ……ハイジ…… 「……さくら……」 直ぐそこにある、ハイジの唇が小さく動く。 その声は少しだけ掠れ、でも何処か甘っとろい…… 「……守ってやるから」 言うか言わないうちに、後頭部にハイジの手が回される。 そして強く引き寄せられれば、ハイジの胸にトン、と耳が当たった。 「一生、オレの傍にいろよ………」 ……ドクン、ドクン…… 少し早い、ハイジの心音。 それが僕の心音を追い掛ける。 「………」 後頭部から肩へ………ハイジの手が、ゆっくり滑り下りる。 布の擦れる音……ハイジの息遣い…… その手に肩を強く掴まれ、更に強く引き寄せられ……そのままハイジの腕の中へと押し込められてしまう…… 「………」 ……もし…… 繋がれていない方の手を、ハイジの体に触れてしまったら…… それはハイジに答えた事になってしまうのだろうか…… 僕はもう……心までハイジのモノになってしまうんだろうか…… ……その指が、ぴくりと痙攣し 中途半端なまま……動けずにいた。

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