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第55話

こういう客は、珍しくないのだろうか。 それとも。客商売だからと、大人の対応をしてくれているのか。 タクシー運転手は、後部座席での出来事に立ち入る事なく、まるで静物のようにオーラを消し去って、ただ車を走らせていた。 重なった手のひら──ひっくり返された手とハイジの手が合わさり、交差するように指を絡められる。 まだ暑い季節でもないし、空調を利かせてる訳でもないけれど……合わせた手のひらが次第に湿っていき、じりじりと熱くなっていく。 僕の頬に触れた、ハイジの指先。 それが僕の横髪に潜り、優しく梳いてくれる。 「……」 クチュ……、 ゆっくりと、離れ難そうな舌が離れていけば、その先から細く艶やかな糸が引かれる。 ……ハァ、ハァ…… 鼻先にかかる熱い吐息。 甘く蕩ける、ハイジの瞳。 「……さくら……」 直ぐそこにある、ハイジの唇が小さく動く。その声が少しだけ掠れ、何処か甘っとろく響いて…… 「……守ってやるから」 言うか言わないかのうちに、僕の横髪を梳いたハイジの手が後頭部に回る。 そして、強く引き寄せられれば……ハイジの胸元にトン、と耳が当たる。 「一生、オレの傍にいろよ……」 ……ドクン、ドクン…… 少しだけ早い、ハイジの心音。 それが、僕の心音を追い掛ける。 「………」 後頭部から肩へ………ゆっくりと、ハイジの手が滑り下りる。 布地の擦れ合う音。ハイジの息遣い…… 肩から項へとハイジの手が回り、更に強く抱き寄せられ……そのままハイジの腕の中へ収められてしまう…… 「………」 ……もし…… 自由な方の手を、ハイジの身体に触れてしまったら……それは、ハイジに答えた事になってしまうのだろうか。 僕は……心までハイジのモノになってしまうんだろうか…… ぴくりと、その指先が痙攣し、中途半端なまま……動けずにいた。

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