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第54話
いつだったか……
|闇の世界《裏社会》に片足を突っ込んでしまった、と思っていた時期があった。
あの時はまだ、引き返せる光が見えていたけど……今はその浅瀬に足を取られ、転んで全身ずぶ濡れになってしまっているような気がする。
「飯、……殆ど食って無かったな……」
隣でハイジがボソリと呟く。
振り返らずにいれば、ハイジの手が僕の手の甲に重ねられる。
「昔の仲間に会えば、少しは気ィ晴れンじゃねーかって……思ってたけど」
僕の気持ちを確かめる様に、そっと撫でた後……僕の指間に指を滑らせ、そっと握る。
「………」
「……さくら」
車内に流れるラジオ。
先程とは違う、軽快なポップミュージック。
たったそれだけなのに……僕の知ってる世界に少しだけ接触しているような気がして。何処か安堵する自分がいる。
「拗ねてんのか?」
「……」
別に、拗ねてる訳じゃない……
『これと同じ首輪 をしたオンナを輪姦させてんだぜ』──太一の言葉が、耳から離れない。
ハイジは、施設でレイプされてた女子を助けたと言っていた。
……なのに。そんなハイジが、そんな事を指示するなんて……
ハイジのもう片方の手が伸び、僕のフェイスラインに触れる。
その手に誘導され、ゆっくりとハイジの方へと顔を向けた。
「……ううん。少し、疲れて眠いだけ……」
口の端を僅かに持ち上げ、小さく答えれば、ハイジが軽い溜め息をつく。
「……」
僕を見つめる瞳。そこに含んだ光が、優しく揺れる。
重ねたハイジの手に力が籠もり、触れた僕の頬を愛おしそうに撫でる。
時折差し込む街のネオンが、耳に掛けたハイジの横髪をキラキラと輝かせる。……まるで、プラスチックの様に。
「……ハイ……」
口を開き掛けた瞬間、スッとハイジの顔が近付く。
「………んっ、」
言葉を奪い取るかのように、唇が重ねられる。
その瞬間──熱い舌が咥内に侵入し、裏顎や頬裏を舐りながら僕の舌に絡みつく。
フレンチ・キス。
大胆なのに。何処か繊細で……甘過ぎる、ハイジの口吻。
……クチュ、
咥内から響く、淫微な水音。
角度を何度も変え、僕の歯列をなぞり、咥内を掻き回す。
ハイジ……
……僕の気持ちを、探ってるの……?
何度も、何度も何度も……
僕の舌先を見つけ、そこから舌根までハイジの舌が絡み付き、愛おしむ様に吸い上げる。
……はぁ……
クチュ……
エンジン音。ラジオから流れる、軽快なポップミュージック。そこに、熱い吐息やリップ音、舌が絡まる小さな水音が紛れ込む。
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