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第297話

……はぁ、はぁ、 動かなくなった、醜い肉の塊。 畳に染みこんでいく、ドス黒い血。 ひっくり返った目。だらしなく開いた口。 それでも……妹を犯し続けたソコだけは、ドクドクと熱く息づき、硬く屹立したまま欲望を吐き出し続けていた。 「──死んだ、と思ったよ。 でも、不思議と焦りは無かった。寧ろ達成感と開放感で身体中が震え、高揚しきっていた。 放心状態の妹の身体に、着ていた俺の上着を掛け、この遺体をどうしようか……興奮冷めやらぬ脳を何とか落ち着かせ、冷静に考えていた。 ──その時だ。突然、闇金の取り立て屋が土足で上がり込んできたのは」 現れたのは、ガラの悪い男が二人。 この異常ともとれる光景を目の当たりにしても、奴等は顔色ひとつ変えなかった。金さえ返してくれれば、他はどうでも良かったんだろう。 『……あーあ、どうすんのコレ? 借金、あんたが全額肩代わりしてくれんの?』 腰を落とし、妹の傍にいる五十嵐に、一人の男が近付く。そして目の前でしゃがみ込み、視線を合わせながらニヤニヤと厳つい顔を歪ませる。 脅しの台詞。掬われる足元。 もう、逃げられない──底無し沼に突き落とされ、沈められていく感覚に襲われる。 それまで残っていた昂りは完全に消え、底冷えする程に身体がガタガタと震え出す。 『それとも、自首でもして逃げるか? ん? ……いいぜ、お前じゃなくても。そこの女をソープに沈めて、一生働かせて全返して貰うだけだからな』 『……』 『まぁ、いいや。 実の父親に、ここまでやったお前の根性だけは認めてやる。 コイツの借金、手っ取り早く返して、早く自由の身になりてぇよなぁ…… ………あぁ、そうだ。お前に丁度いいバイトがある。 ちゃちゃっとやってみねぇか……?』 『………』 家族にとっては厄介者でしかない父親も、闇金関係者にとっては利用価値のある金蔓(カモ)の一人。 借金をできるだけ嵩ませ、後は骨の髄までしゃぶり尽くす…… 「………妹を護る為なら、俺は何だってやる。 そう覚悟を決めて、俺はソイツらの話に乗ったんだ」 父親は意識不明の重体。 傷害ではなく事故として揉み消され、当然、予め掛けられていた保険金は、その紹介料として奴等が全てもぎ取った。 五十嵐と妹は、飼い主である八雲が用意した小さなアパートに移り住んだ。 一部記憶を失った妹との二人暮らし。 突然訪れた、穏やかな毎日。平和な日常。 もう、父親の影に警戒する必要はない。妹に笑顔が戻り、ごく普通の女の子が通る人生(みち)を歩んでいる。 だけどそれは……足元に潜む、濁った泥水に塗れた上に成り立つ『希望』にすぎない。 それでも──五十嵐にとってこの日々は、かけがえのない『幸せ』そのものだった。

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