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第337話

「……」 愁の頭を撫でながら、シート越しに吉岡を睨みつける。 ………よく、覚えてるよ。 樫井秀孝の被害者リストをネットで見たっていう変態が、僕の住むアパート近くの茂みに隠れて待ち伏せして、突然襲ってきた。 あの時、すんでの所で若葉と岩瀬巡査に助けられ、若葉のアパートに厄介になる事になったんだ。 「そのお陰で、若葉と姫が感動的な再会を果たし、僕が紹介したアパートに一緒に住む事になったんだよ」 「……」 「部屋を貸す前に、至る所に盗聴器を仕掛けておいたから、二人の会話は何処にいても良く聞こえたよ。 当然、あの事件の時もね──」 「………事件?」 「そう。黒アゲハの傷害事件」 動揺する五十嵐の反応を見ながら、吉岡が顔を歪めてくつくつと笑う。 「本当は何があったのか、教えてあげようか……?」 車は次第に、次の繁華街へと差し掛かっていた。 それまでの廃れた街並みはすっかりと消え、洗礼された商業施設や様々な路面店が現れる。歩行者専用の信号から流れる障害者用の音楽。人工的な街路樹。排気ガスで薄汚れた空気を、降り続く雨が洗い流す。 「最初は、若葉らしくもない親子ごっこを演じていて、酷い退屈だった。姫のせいで普通の人間に成り下がっていく姿は、滑稽を通り越して憐れでしかなかったね」 「……」 「……だけど、遂に本性を現した。 珍しく姫が夜出掛けた後……呼び出された黒アゲハが、アパートを訪れたんだ。 二人は以前から、合意の上でセックスする仲──殺した最愛の兄に、黒アゲハはよく似ていたらしいからね。 そして二人が夢中で馬鍬っているなか、何にも知らない姫が帰宅して…… ………ハハッ。本当、見事なシーンだったよ」 ニヤついた声で得意気に語る吉岡。 そこに居て、実際に見ていたかのような物言い。 「ショックを隠せない姫を寝具へと導いて、『兄弟仲良く性交』するよう脅した。それはとても艶やかで、僕のよく知っている綺麗な声だったよ」 「………どうして、そんな……」 「さぁ。僕に聞かれても困るなぁ。 でも、恐らく……最愛の兄とは出来なかったソレを、二人で実現させる事が若葉の望みであり、生きる糧だったのかもね」 「……」 生きる糧──そんな単純なものじゃない。 最愛のお兄さんを殺した後、僕の母である志津子の元に残すのは可哀想だからと──幼いアゲハや僕を、血を滴らせるナイフを握りしめて、殺そうとしたんだから。

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