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第337話
「──と、ここまでが前置きだ。
本題の、姫をどうするかって質問の答えだけど……これも至極簡単だよ。
姫にはこれから、昏睡状態の若葉を起こして貰う」
「………」
起こす……?
想像していたものとは違う答えに、ぴくっと耳が動く。
「今若葉は、僕の知り合いがやってる病院のVIPルームで眠って貰っている。……勿論、美沢は何も知らない。
若葉のフェロモンは、意識不明の状態でも健在でさ。担当看護師達を次々と虜にしてしまうらしい。
……流石だよ。
そんな若葉の脳を弄って、記憶の挿げ替えをしている。──最愛の人は『僕』なんだとね。
そうすれば、若葉は僕の虜。ベタ惚れの僕の言う事なら何でも聞く、操り人形 となる。
全ては、僕の望み通りに進んでいたんだ──」
「……」
「だけど、目覚めないんだ。
生きる希望が断たれ、自ら昏睡状態に陥ってるとしか思えない程に。
若葉が起きたいと思えるスイッチ。それが、ずっと見つからなかった。──生前の実兄の声を聴かせても、アゲハや姫の声を聴かせても、全く反応しなかったんだよ。
……ただ唯一、僅かながら反応を示したものがあってね。
それが、あの事件の日に起こった──アゲハと姫が馬鍬 った時の、音声だ」
「……」
動揺したのか、それとも視界不良のせいか──五十嵐の運転が、少しだけ乱れる。
ワイパーの動く速度がまた上がり、ガラスを擦る摩擦音と叩きつけるような雨の音とで、吉岡の声が段々と聞き取りづらくなっていく。
「だからね──眠っている若葉の直ぐ横で、あの事件の再現をしたいんだよ。
そうすれば、若葉は目を覚ますかもしれない」
「──そんな!……でも……それじゃあ、まさか……黒アゲハが行方不明なのは……」
「その通りだよ。
この為に今まで、別所でずっと幽閉していたんだ」
「──!」
──アゲハ……!
アゲハを、吉岡が……?
瞬間──体中の血液が逆流し、怒りが沸点に達する。
僕だけじゃない。
たった……たった吉岡 一人の欲の為に、多くの人達が傷付いて、多くの人の人生が狂わされている──
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