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第383話

「………ぼく、の……おやは……じこで、しんじゃって──」 ゆっくりと。でも、しっかりと声を出して、蕾が話し出す。 蕾が5歳、類が2歳の時……両親が交通事故で他界。 偶々その車に乗り合わせていなかった蕾と類は、身体は無傷であったものの、突然両親を奪われたせいで、心に深い傷を負った。──特に、理解できる年頃の蕾は。 世界でたった、二人ぼっち。 駆け落ち同然の両親には、頼れる肉親や親戚はなく、まともな葬式すらあげられないまま、児童養護施設行きを余儀なくされた。 「……君達が、蕾くんと類くんか」 「……」 「大きくなったなぁ。おじさんは、君たちのお母さんのお兄さんなんだよ。 これからは、おじさんと一緒に暮らそうね」 見た事もないスーツ姿の男性が、蕾の前にしゃがみ込み、目線を合わせて優しく微笑む。 その顔に、母の面影など一切感じなかったものの、言われてみればそうなのかもしれない程度に、似ているような気がした。 児童相談所に一時保護されていた蕾と類は、このおじさんに引き取られた。 だけど、その生活環境は余りに荒んだものだった。 まるで地獄絵図。 こんな世界が、この世に存在するんだろうかと疑う程、悲惨なものだった。  塗装が剥がれ、蔦は蔓延り、長年の雨ざらしで屋根や壁が錆び付いたアパート。 その一室。玄関のドアを開けると、鼻が曲がりそうな程の異臭が襲う。 酸っぱいような、苦いような……何ともいえないアパート特有の臭いと腐敗臭。 足の踏み場もない程の、食べ散らかしたゴミの山。そこをつま先立ちで歩きながら中へと進む。 スナック菓子の袋。割り箸が刺さったままの汁入りカップ麺。それら、食べ散らかしたものが散乱する小さなテーブル前に辿り着く。 その周りの一部だけが、床が見えていた。 傘のない小さな電球。 天井から伸びた黒い線が揺れる度に、作り出した影を様々な方向へと散らす。 「これでも食ってな」 類が腹の音を鳴らせば、後から入ってきたおじさんが、今し方履いていた靴下を投げてよこす。 「ははは、冗談だ。 もし飯が食いたけりゃあ、蕾。………お前に、ひと仕事してもらうぞ」 「……」 おじさんの変貌に、恐怖で肝が縮み上がる。 「……」 後悔したって、遅い。 もう蕾と類は、このおじさんの保護下にいるのだから。

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