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第382話
グラスに氷を入れ、ジュースを注ぐ。
カラカランッ……
色鮮やかなオレンジが注がれる度に、氷とグラスがぶつかり、涼やかな音を鳴らす。
『……ねぇ、寛司』
その音に誘われ、ふと思い出される過去──まだ山頂付近のアジトにいた頃、寛司が僕に、スネイクリーダーを引き受けた理由を話してくれた時の事。
『寛司は……お母さんの事、許したの?』
親の事情はどうあれ、僕と同じ、ネグレクトを受けたのに。……産んでくれて、少しの間面倒を見てくれたからというだけで、マスコミから守ろうとしたなんて……
『許しては、ねぇのかもな』
……え……
それじゃあ、どうして……
その心情が解らなくて、寛司の瞳をじっと見つめる。
『───自分の為だ』
『え……』
驚く僕の頭を、寛司が優しくぽんぽんとする。とても優しい瞳をしながら。
『人にはそれぞれ、絶対に 譲れねぇもんがある。それを無理に曲げる必要はねぇ。手前が許せねぇもんは、許さなくったっていいんだ。
“罪を憎んで人を憎まず”って諺 があるだろ?』
『……』
『お袋を助けたのは……俺自身が、その過去を乗り越えたかったってぇだけだ』
「……」
あの時は、余り理解できなかったけど……今になって、よく解る。
──許さなくても、いい。
きっと……その人を受け入れるのと許すのは、違うんだと思う。
僕が蕾を受け入れたとしても……あの出来事まで赦す必要は決してないんだ。
そう思ったら、少しだけ気持ちが楽になる。
不安だった気持ちが、落ち着いてくる。
兎に角、今は蕾の話を聞こう。
カウンターの端に腰を掛ける蕾。その前にコースターを敷き、その上にグラスを置く。
喉が渇いていたのか。それとも、朝食の時間をとうに過ぎ、お腹が空いていたのか。出すなりグラスを両手で掴み、ごくごくと喉を鳴らしながら半分程飲み干す。
「………話、聞かせて」
隣の席に座ってそう声を掛ければ、僕に視線を向けた蕾が、戸惑いながらこくんと頷く。
「……ぼく、の……おやは……ふたりともじこで、しんじゃって──」
ゆっくりと。でもしっかりと声に出して、蕾が話し出す。
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