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第381話

もし赦してしまったとしたら、傷付いた僕の心はどうなってしまうんだろう。 壊れて、消えてしまうんじゃないか…… 「……」 咄嗟に、見開いた瞳をスッと逸らす。 その動きに、蕾が気付かない訳がない。 再び顔を伏せ、肩を震わせながら溢れゆく涙を、蕾が何度も手の甲で拭う。 「………だめ……わかってる。……でも……とめられない。 ぼく、びょうき……みたい……」 「……」 「おじさん、いってた。 らいは……おじさんのちが、ながれている。……だから、いやでも……おじさんのようになる、って……」 嗚咽混じりに、蕾が声を絞り出す。 姿や形は成人した大人であるのに、話し方は、まるで乳幼児のよう。 「でも……いやだ。 なりたくない。……あんな、ひどいこと……したくない…… もう、したく……ないのに……」 『ごめんなさい。 ……もう、二度としないから……どうか、許してください……』 ──もっと僕を見て。もっと愛して。 アゲハと同じように。……お願い。 幼い僕が顔を上げ、泣きじゃくりながら僕に謝ってくる。それと同時に、ずっと心の中で願っていた感情までもが、幼い僕の声となって僕を襲う。 「……」 ヘン、だ……… さっきから、何で……こんな幻覚が…… まだ冷静さの残る僕がそう思っているのに、簡単にあの日に連れ戻されてしまう。 忌まわしいトラウマが鮮明に蘇り、僕の心を蝕もうとする。 その全てを拒絶してしまいたい。 蕾を、幼い僕の幻影を……振り払って目を瞑り、無かった事にしたい。 殻の中に、閉じ籠もってしまいたい…… ……だけど。 ただひたむきに心を開き、真っ直ぐ僕の懐に飛び込もうとする蕾を…… あの頃、母の温もりを求めてやまなかった幼い僕を……無下にはできない。 「………待って、」 更に喋ろうとする蕾を、言葉で制する。 顔を上げ、不安げに僕を見つめる二つの瞳。 「待って。……話、ちゃんと聞くから。少しだけ、落ち着かせて」 冷蔵庫の前にしゃがみ、オレンジジュースのパックを取り出す。 まだ身体は怠いし、床が歪んで見え、クラクラと立ち眩みもする。 けど、今回ばかりは休んでる訳にはいかない。

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