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第380話
なんで……
どうして蕾が……謝ったりなんか……
「……ぼく、の……せいで………ぼくの……」
酷く震えた声。
唇を動かす度に、滲んでぽろぽろと零れ落ちる涙。次々と溢れて止まらず、俯いた蕾が片手でぐいと拭く。
『………ごめ、……なさ、い……』
蕾と重なるようにして、泣きじゃくる幼い僕の輪郭がぼんやりと見える。
顔を伏せ、零れる涙をそのままに、母に赦しを請う姿。
母は普段、僕には無関心だったけど……アゲハと一緒に何かをしている時だけは、直ぐに怒鳴りつけた。
遊んでいる時も。勉強をしている時も。言葉を交わした時も。……お風呂に入った時も。
『汚らわしい!』『卑しい子!』──あの時、浴槽から僕だけを引っ張り出し、濡れた身体のまま廊下で何度も引っ叩かれ……
慌てて止めに入ったアゲハの制止も聞かず、僕は……家の外に放り出された。
まだ、小学2年生。
夏の気配はすっかり消え、肌寒くなった季節の夜に……何も身に付けず、濡れた身体のままで──
「……」
あの後、風邪を拗らせて……暫く学校を休んだんだっけ……
苦くて嫌な思い出。
それでも──幼い頃の僕は、あんな母を追い求めて、アゲハだけに向ける愛情が欲しくて……何度も謝り続けて、赦しを請おうとしたんだっけ……
「大丈夫、だよ」
「……」
「……僕の、方こそ……」
──もしあの時、母が僕と向きあってくれていたら。
もう少し……僕の存在を受け入れて、寄り添ってくれたなら……
少しは、違っていたんだろうか。
裏社会に踏み込む事もなく、今も三人で……
「ちが、っ………」
僕の言葉を受けた蕾が、首を横に振って強く否定する。
それに驚いて蕾をじっと見つめていれば、その口から思わぬ言葉が飛び出す。
「………せっくす……した、こと──」
「───!」
蘇る、あの夜の記憶。
身体の底から湧き上がる、震え。
忘れたくても忘れられない、恐怖──
「……」
頭では、解ってる。
蕾は悪くないんだって。
……解ってる……けど……
それは、突然やってきた嵐の如く。
寝込みを襲われ、抵抗も虚しく思うがままにされて──あの屈辱的な行為だけは、どうしても赦す事はできない──
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