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第379話 蕾の過去

××× ひやりとした感覚がし、瞼を持ち上げる。 思うより先に手をやれば、冷たいものが額に置かれている事に気が付く。 「……」 取り上げて見れば、それは小さく折り畳んだ濡れタオル。 ぼんやりとする思考。霧がかった視界。 タオルを掲げたままでいれば、その向こうに人影が見えた。 ………誰、だろう…… 白んでぼやけている視界。 瞬きをひとつするものの、その姿形や色彩は、中々はっきりとしない。 焦点の合わない瞳を少し細め、その人影をじっと見つめていれば、口元が動いたのが解った。 「………よ、……よかっ……」 弱々しい声。 少し、震えてる……? ゆっくりと瞬きをし、再び目を凝らす。 少しずつだけど、次第にクリアになっていく視界。 その瞳のレンズに映り込んだのは──後ろに束ねた赤い髪、首に巻かれた鎖、不安げに揺れ動く、二つの瞳。 「………らい」 名前を呼べば、揺れていた蕾の瞳が止まり、瞼が大きく持ち上がる。 「これ、蕾が……?」 「………うん」 「……」 「で、でも……さわって、ない……」 こくんと大きく頷いた後、否定するように、慌てて首を横に振る。 『触っちゃ駄目だよ』──屋久に言われた言いつけを、律儀に守ろうとしているんだろう。 でも、それだけじゃない。 意識を失っていた僕を心配して……これを…… 「……」 僕の軽はずみな行動のせいで、蕾は鎖に括られてしまったというのに。 「………、」 ありがとう──そう伝えたかったのに、中々口から出てきてくれなくて。 軽く目を瞑り、まだ冷えているタオルを片頬に当てる。 あんな事があったからなのか。まだ、身体は熱くて。蕾がくれたこれは、ひんやりとしていて気持ちいい。 「………ごめ、……なさ……い……」 喉奥から絞り出したような、蕾のか細い声。 その声に導かれて目を開ければ、蕾の瞳から涙が零れていた。

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