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第385話
クラクション。笑い声。大音量の音楽 。身体の深部にまで響く低音。雑踏。
緊張で押し潰されてしまいそうな心臓を押さえながら、おじさんが指示した女性を見失わないよう、駆け足で追い掛ける。
駅前の公衆トイレ。そこに入っていくのが見え、近くで立ち止まり、大きく深呼吸をする。
暫くして出てくる、ターゲットの女性。
黒くて長いストレートヘア。ピンク掛かった赤色のルージュ。スラリとした身に纏うのは、赤と白のカットソーに黒いジャケット。そして、ピンヒールにスキニージーンズ。
意を決し、走って近寄る。
「………お、お姉ちゃん……!」
思っていたよりも大きな声に、蕾自身驚く。
急に現実が遅いかかり、重くのし掛かっていく罪悪感。
ターゲットの女性が振り返り、見上げる蕾と目が合う。
「………どうしたの? 迷子?」
「……」
「お母さんは?」
蕾の前にスッとしゃがみ、蕾と目線を合わせる。
その瞳は優しくて。蕾に、真っ直ぐ向けられていて。
「………おじさん」
「え……?」
一瞬、目の前が眩む。
本当の事を話そう。助けて貰おう。そう思いながら口を開くものの、パクパクと動くだけで中々次の言葉が出てこない。
瞬間、脳裏に浮かんだのは──類の寝顔。
小さく首を横に振りながら、何とか思い留まり……全身が震えて、胸が押し潰されそうな程の罪悪感と恐怖を感じながら、僅かに俯く。
「………おじさんが、いなくなっちゃった……」
パッパーッ
燥いでいる若い男女の横をすり抜けていく二人。
心配したお姉さんが、蕾の手を引きながら交番を探す。蕾の心が、徐々に蝕み始めているとも知らずに。
「お姉ちゃん、あっち……」
「……え」
「あそこでね、おじさんがいなくなっちゃったの」
ロータリーから外れた、真っ暗闇へと続く細い道。
そこを、蕾が指差す。
「一緒に来て……」
不安と恐怖の色に染まる蕾の表情に、お姉さんが一瞬躊躇う。
「ぼく一人じゃ……こわいよ」
「……わかった。行こう!」
甘えるように手を引っ張れば、口の両端を持ち上げたお姉さんが、そう答えてくれる。
暗闇へと続く道。
おじさんがこれから何をするのか……蕾には想像すらできなかった。これから悪い事が起こる事だけは、何となく肌で感じていた。
それでも──この人を連れて行けば、弟が助かる。ご飯にもありつける。
女性の手を握り締め、暗闇の中へと突き進む。
……ただ、その一心で。
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