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第386話

細い道のカーブに止まる、おじさんの車。その近くに来た時突然ドアが開き、慌てた様子でおじさんが降りてくる。 「……蕾!」 吠えるように呼ばれ、ビクンッと肩が跳ねる。 「今まで何処言ってたんだ! 心配したじゃないか。……本当にすみません、ご迷惑をお掛けしました」 「……いえ、全然!」 蕾を叱りつけた後、おじさんが女性に頭を下げる。軽い口調で答えた後、女性は蕾の前にしゃがみ込む。 「良かったね。おじさん、見つかって」 口の両端を綺麗に持ち上げ、笑顔を見せながら蕾の頭をよしよしと撫でる。 ──温かな手。 見た目とは裏腹に、面倒見のいいこのお姉さんから何となく感じる、母の面影。 懐かしくて……胸の奥が、柔らかく締め付ける。 気恥ずかしくて、目を伏せた。 「───!」 その瞬間──お姉さんの背後に、何やら蠢く黒い影が。 見上げた二つの瞳。そこに映り込んだのは──ロープを横にピンッと張って構えた、悪い顔をしたおじさんの姿。 繁華街を抜けた車は、やがて山道へと方向を変えた。 この地元では有名なデートスポット──夜景が一望できる展望台が、山頂の手前にある。 運転席の後から見える、黒くて長い髪。 手拭いで猿ぐつわをされ、両手を前で縛られている。 「……綺麗な髪だなぁ…… 待ってろよ。もう直ぐ着くからなぁ……」 山道を運転しながら、おじさんが女性の髪に触れる。さらさらと、流れるような黒髪。 嫌がる様子もなく、車の揺れに身を任せきっている。 「……」 嫌な予感が、蕾を襲う。 自分のせいで、もし死んでしまっていたら…… 冷たい何かが、心臓を撫でる。 その気持ち悪さと恐怖に冷や汗が襲い、蕾の身体が硬直していく。 やがて見えてくる、展望台の入口。 しかし、そこを通り過ぎ、更に上ったホテル街の手前──雑木林の中にある、細い砂利道へと車が入る。外灯のない真っ暗な闇。そこを、明るいヘッドライトが真っ直ぐ遠くまで照らす。 ガタガタと車が揺れる中、暫く進んだ先でおじさんが車のエンジンを停めた。

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