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第419話

──トスッッ、 逃げる間もなく、軽々と床に倒される身体。 肩甲骨辺りと後頭部を強く打ち、痛みが走る。 じん……と痺れる背中。脳内。 我先にと、ニタついた男の顔が視界いっぱいに映り込むと、目の前の景色がぐらりと揺れる。 角膜の内側に現れる、無数の砂嵐。降り出した雨粒がアスファルトの色を濃くしていくように、その点が重なり合い、灰色のフィルターが掛けられていく。 その中で微かに見えたのは──辺りに散乱した、畳み終えたばかりの洗濯物。 「──!」 その瞬間──否応なく引き出される、あの忌まわしい記憶。 薄暗く、ヤニ臭い溜まり場。辺りに散らばる、男達の脱ぎ捨てた服や汚れた下着。 無数に伸びる、手、手、手─── その手が僕の服を剥ぎ取り、肩を、腕を、足を捕らえて押さえ……床に縫い付けていく。 塞がれる口。その手の主が僕の身体に跨がり、欲望に歪んだ顔を覗かせる。 「………はぁ、ハァ……堪んねぇ……凄ぇ堪んねぇ匂いだ………ハァ……ハァ……」 耳障りな声。厭らしい息遣い。 その汚らわしい唇が不自由な僕の首筋に吸い付き、ビチャビチャと嫌な音を立てる。 誰のか解らない、数々の手指が芋虫のように蠢き──僕の太腿を、脇腹を、乳首を、下肢の中心を、執拗なまでに貪る。 ──ぃや、だ…… ぞわぞわと迫り上がる悪寒。 内側から壊され、波紋のように広がっていく絶望。 抵抗したくとも、身体は思うように動かせず……情けない事に、ただぶるぶると大きく震えているだけ── ………いや、……ゃだっ…… ハイジ──助けて、ハイジ…… あの頃の恐怖が、痛みが、感情が蘇り、フラッシュバックを起こす。 びりびりと痺れる指先──これが現実じゃない事くらい、解ってる。 解ってる。 それでも……僅かな望みを託し、僕の真上に射し込まれる一筋の光を求め、必死に手を伸ばす。 『……ハイジなら、来ねぇよ』 『捕まったからな』 クツクツと笑う、ハイジのチームの仲間達。 そんな──容赦なく心を打ち砕かれ、小さな希望さえも奪い、絶望の底に沈められていく。 人形のようにだらんとした僕の下肢を押し広げ、代わる代わる犯し─── 「……」 目尻から滑り落ちる、一筋の涙。 ──ぐちゅ、ぐちゅ、 結局、何にも変わらない。 変わらないんだ……あの時も、今も……

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