421 / 558

第418話

「……」 身構えながら下から睨みつければ、イチの黒眼が素早く上下に動く。 「………なんだ、もう忘れたのかよ」 歪めた口から発せられた……何処か小馬鹿にしたような、呆れたような声。 ジャンパーのポケットに両手を突っ込み、顔の角度を顎を少し上げれば、威嚇するように僕を見下ろす。 「クク……仕方ねぇな、このお姫サマは。 ………前に会ったろ? クラブのVIPルームで」 「………え」 予想外の台詞に、頭が混乱する。 この切迫した状況下で必死に脳を働かせるものの、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回されるだけで…… 「……」 クラブ──クラブって…… ……そんなの、人生で一回しか入った事がない。 まだハイジに囚われていた頃、何も知らされずに連れて行かれた、あの一回だけ……… ──まさか。 まさか、VIPルームって……あの時のクラブハウスの──?! 「──!」 『おい、イチ! 簡単に食えるメシと、スポドリ何本か用意しとけ』──基泰が発した台詞が、鮮明に蘇る。 『ヤス』『ナリ』──キングの二人は、お互いを名前の下二文字で読んでいた。 ──それじゃあ、『イチ』って まさか……… 「……」 それまでバラバラだった点と線が、勝手に結びつく。 心臓が煩い程に暴れ回り、末端である指先にまで強い脈動を感じる。……なのに、手足は痺れ、全身からサッと血の気が引いていく。 気分が、悪い…… 瞬きも忘れ、ただ思考だけがグルグルと同じ場所をずっと駆け巡っている。 「……」 ──太一、だ 何で…… 何で今まで、気が付かなかったんだろう。 スキンヘッドに刺青──あの頃とは随分と見た目が変わってしまったけど、面影なら確かにちゃんとあった。 声や雰囲気だって、太一そのものだったのに……… 「て事で、姫。VIPでの続きを始めようか」 「──!」 片手をポケットから取り出し、肩程の高さまでサッと上げる。 と、それを合図に、太一の背後に控えていた男達が勢いよく雪崩れ込む。 はぁ、はぁ、はぁ、 「………や、めろ……!」 床に尻餅をつき、片手で頭を押さえていた蕾が立ち上がり、男達を止めようと体当たりする。 その姿が、揺れる視界の端に映り込む。 しかし、それをものともせず──飢えた獣のように目の色を変えた男達は、文字通り僕に飛び掛かった。

ともだちにシェアしよう!