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第417話 闇夜に浮かぶ月

××× それは──大きなとぐろを巻き、突然吹き荒れる嵐のようだった。 今までの穏やかな時間は、この為に用意された、残酷な演出だったかのように── ──コン、コン、 すっかり陽が落ち、夕映えの淡い茜色の光が射し込む頃……ゆっくりと二回、ノックの音がした。 続いてドア向こうから聞こえる、ガサガサというビニール袋の音。 「俺……見て、くる」 聞き耳を立てていた蕾が立ち上がり、僕の元から去っていく。 「………うん」 自炊する事になってから、こうしてスーパーの食材を調達して貰えるようになった。但し、必要な食材を書いたメモを、日中、ドア下の隙間から廊下に出しておかなければならない。 ドアの鍵は内側から掛けてあるし、勿論、ここの(キー)はキングの二人しか持っていない。それ故、この空間は外部から完全に遮断され、完全に守られている。──此方側から、開けない限りは。 身体に、緊張が走る。 それは蕾も同じみたいで──ドアに向かう彼の頬が、一瞬で堅くなったように見えた。 未だ慣れる事のないこの行為を、僕の代わりに買って出る蕾が頼もしく映る。 「……」 ごめんね…… 本当なら、僕がしなくちゃいけないのに…… 正座を崩して床にぺたんとお尻を付き、乾いた洗濯物を畳みながら……ドアへと向かう蕾の背中にそう謝罪する。 トン、トン、トン…… 階段を下りていく、軽快な足音。ドアに耳を当て、タイミングを見計らっていた蕾が、慎重なまでにゆっくりとドアの鍵を開けた───その時だった。 バンッ──!! 勢いよく蹴破られるドア。その衝撃で、鈍い音と共に蕾が吹っ飛ばされる。 「……よぉ。久しぶりだなァ、姫」 「──!!」 ドア向こうに現れたのは、下階にいる数人の男達。 ずらりと並ぶその中心に、スキンヘッドの男──左の米神辺りにバイオハザードマークの刺青のある男が、ニヤつきながらドスの利いた声を上げる。 「待ちくたびれたから、こっちから挨拶に出向いてやったぜ」 その声。雰囲気。僕を見下げる、蔑んだ眼。 一瞬で気圧され、僕の息が止まる。 「……」 ……知ってる…… 忘れもしない、この男は───下階で基泰に『イチ』と呼ばれていた男だ。

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