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第459話

「……!」 成長、していない──? 不安に陥り、胸元を左手を押さえ、その布地ごとギュッと握り締める。 『心を穢さなけりゃ生きていけないような逆境の中を、必死に生き抜いてきた』──移動中の車内で、吉岡はそう言っていた。その上で、誰かに守られてばかりの僕に、ガッカリしたと。 そういう、事だったんだ…… あの時は、たったそれだけの理由でと思っていたけれど…… 「……」 何だか急に、恥ずかしくなる。 今まで僕が受けてきた仕打ちは、大した事ではなかったのかもしれない。 ただ……他の人よりも、少しだけ違う人生を歩んでしまっただけで、闇の世界に生きる人達にとって僕は、甘やかされて育ったように見えるんだろう。 あの時の記憶が蘇り、じりじりと脳に重くのし掛かって僕を責め立てる。 「それが良いとも悪いとも思わない。……ただ、姫を傷つけ、陥れようとまでした許し難い人間を、そう易々と赦し、情けを掛けてやる必要はないんだよ」 「……」 別に……そんなつもりは…… 揺れてしまう視線。瞬きと共に顔を伏せ、自身の胸元で落ち着く。 僕は、アゲハの傷付く顔が見たくて、竜一との行為をわざと見せるような性悪だ。 おばあちゃんが死んでも泣かなかったし……利用するだけ利用して、ハルオを簡単に切り捨てられる、無慈悲な人間でもある。 それに、多分──誰かを傷付けてしまうのが嫌なのは、僕自身が誰かに責め立てられて、傷付くのが怖いからなのかもしれない…… 「……」 寛司も言ってた。純粋な瞳をしてる……心が綺麗だって。 でも……違う。 本当の僕は、汚れてる。 僕を傷つけた全ての人間を受け入れて、許す事なんて出来ない。 太一を、許してなんか……いない。 「……」 でも、だからって…… 僕のせいで傷付いたり殺されたりするのは、やっぱり嫌だ。 「姫はもっと、怒っていい。……そんな生き方をしていたら、いつか壊れるだけだよ」 「……!」 僕の心情を汲み取っていたのか。屋久がスパッと言い放つ。 驚いて顔を上げれば……無機質に光る瞳の奥に、何か得体の知れない闇のようなものが渦巻いて見えた。 「これから少しずつ、姫が楽に生きる為の心を穢し方を、覚えていかないとね」 「………うん」 力無く返事をすれば、屋久の口角が持ち上がり、綺麗な弧を描いた。

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