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第460話

心を、穢す── 一体どうやって……? カウンター向こうでグラスを洗う屋久を視界から外し、窓辺に立ってぼんやりと外を眺める。 かつて住んでいた、アパートの一室。新しい住民がいるんだろう。カーテンの隙間から、光が漏れていた。 いつから皆は、心を穢し始めるんだろう…… 僕が突っぱねている間に、周りは上手く順応していって……僕だけが、一人取り残されてしまったような気がする。 周りと上手く馴染めなかったのは、そういう理由もあるのかもしれない。 『怒っていいんだよ』──確かに、太一に対して怒りのようなものはある。 一度ならず二度も僕を思い通りにし、突然首まで絞めた。黒革の首輪を嵌め、蕾をけしかけて…… ……だけど。始末されて当然みたいな感覚には、ならない。 非道い目に遭えばいいとは思う。けど、ただ思うだけで……そこまで望んではいない。 他の人はどうなんだろう。 笑顔を浮かべた仮面の下で、憎しみや怒りの念を込めた顔をしているんだろうか。憎む相手が、実際に非道い目に遭ったとしたら、嬉いものなんだろうか。 ……何だか、怖い。 「……」 カーテンの隙間から漏れていた光が、フッと消える。 その途端、人の気配まで消えてしまったようで。さっきまで感じていた温かみのようなものが消え、ぽっかりと穴が空いてしまったよう。 「………何を見ている?」 突然背後から声がし、視線を上げる。ガラス窓に薄ぼんやりと映る、屋久の顔。 「ああ……あれか」 「……」 僕の肩に手を置き、もう一方の手でアパートを指差す。 「ハイジに連れ去られてから、あそこは引き払われて人手に渡ってる。 ……もう、君の元恋人は現れないよ」 「……」 ……そんなの、解ってる。 あれからもう……五カ月くらいは経っているんだから。 力無く目を伏せた僕を、背後から人肌のような温もりが包み込む。 「まだ、未練があるんだね。可哀想に」 「……」 「本当に姫の事を思っているなら、全てを投げ打ってでも、助けようとするだろうに」 「……」 耳元で囁かれる声。穏やかながら、残酷な言葉を僕に浴びせる。 顔を上げ、振り返って屋久を見上げれば、静かに僕を見下げる屋久の眼が、三日月の如く細められる。 ドクンッ── その瞬間、心臓が大きな鼓動を打つ。 一気に手足の末端まで血液が押し流されたかと思うと、直ぐに身体が小刻みに震える。 「ここは少し肌寒いから、ベッドに行こうか」 「……」 肩を抱き寄せ、僕の表情を覗うように首を傾げる。 冷たい手。僕の肩や二の腕から、容赦なく熱を奪っていく──

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