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第1話

 夕暮れのとある村で、井戸を囲んで村人たちが小声で囁いている。 「また一つ、村が焼かれたらしい」 「おお、なんということだ。勇者様が現れてもう2年も経つというのに魔王の勢力が一向に衰えない……」 「もう人類は滅びるしかないのか」  村人たちは悲壮感を漂わせ、黒煙の上がった近隣の村の空を見上げた。  突如現れた魔王が、この世を征服してから早3年――。魔王は魔族を大勢引き連れて気まぐれで村や街、ときに国を襲っては焼き尽くす、という悪行を繰り返していた。  それらを倒すべく、神託によって勇者が選ばれたのが2年前。誰もが救世主の登場に胸を踊らせたのだが――。 「おーい、今日って娼館やらねーの?」  背の高い男が、小指で鼻をほじりながら村人たちに歩み寄る。つんつんと上を向いた焦げ茶の髪に、整っていないとは言わないがさほど目立たない三白眼を乗せた顔。一般的な村人とそう変わらない風貌の男だが、唯一違うのはその背に、勇者の証である聖剣を背負っていること――。 「ゆ、勇者様……」 「ねー、娼館。開かないの? 昨日のリュサちゃん、俺気に入っちゃってさぁ」  鼻の下を伸ばし、手を胸元に寄せてたわなな乳房を持ち上げるような仕草を見せると、へへへ、と下品な声を上げる。  そう、この男こそ、世界を救ってくれるはずの勇者だった。 「勇者様……きょう、ホルン村が焼かれたそうですよ……」  村人の一人が、しらけた目で最新の情報を伝える。 「あ、そう。で、リュサちゃんってさ21歳とか言ってるけど本当は27歳くらいでしょ? そうでしょ? ねえ知ってる?」  勇者は全く関心を示さず、娼婦の話題を村人に振る。 「だめだ……もう世界は終わりだ……!」  村人の一人が、地面に膝をついてすすり泣きを始めた。他の村人もつられて涙ぐむ。 「こんなアホが勇者では……人類は滅亡だ……!」 「せっかく魔王を倒す聖剣が使えると言うのに……このやる気のなさ……!」  勇者は「お? お?」と周りの嘆きにうろたえながら、まだ「リュサちゃんのおっぱいは……」と娼婦の話題から離れようとしない。  すると、後ろから穏やかな低い男の声が聞こえてきた。 「勇者様、おふざけもそれくらいにしなさい」  真っ白な衣に、首からロザリオを提げた糸目の男が、短い薄茶色の髪を揺らしながら歩み寄る。 「賢者様……」  賢者と呼ばれた男は、村人たちが恭しく頭を下げるので「やめてください、お世話になっているのですから」と立ち上がらせる。  さらにその後ろから、長い金髪をなびかせた垂れ目の魔法使いが近づいてきて、村人たちにこう語りかけた。 「鋭気を養って、明日出発しようって話してたとこなんだよ、まあ俺たちに任せなって」  魔法使いは、精霊の宿る石をあしらった魔法杖(ロッド)をくるりと回すと、村人たちの服を光らせた。 「暗くなってきたからな、帰り道のランプ代わりに」  そう言うと、整った顔で片目を瞑って見せた。  常識のある賢者と魔法使いの登場に、村人たちは希望を見いだしたように表情を明るくする。 「ありがとうございます! 明日ご出発ですね、村人全員でお見送りしなければ!」  そう言うと村人たちはぞろぞろと解散していった。  ちッ  誰もいなくなった瞬間に、大きな舌打ちが響く。魔法使いだった。 「この村も今日までだな」 「ええ、そろそろ気付く頃合いですよね。我々が〝戦う気のないパーティー〟だということに」  糸目の賢者もほほえんだまま頷く。勇者だけが「えーリュサちゃん……」と残念そうに呟いた。

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