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誰かに決められたルール
お前はお嬢様のために存在する人間であることを忘れるな
お嬢様のために、強くなれ
お嬢様のために、非道になれ
お嬢様のために、極悪になれ
お嬢様のために、悪を知れ
お嬢様のために、闇を見ろ
全てはお嬢様のため
お前の心臓の鼓動は、お嬢様が握っている
生きるも死ぬも、お嬢様の一声にあるっていうのを忘れるな
『恵、わたくしのお願いよ。わたくしの夫になるための最低条件があるの。道元坂を殺しなさい。もっとも非道で残酷な息の根の止め方を、わたくしに見せて』
熱い吐息が、俺の耳にかけられる。
囁く声は、小鳥のようにか細いのに、吐きだされる言葉はなんと卑劣なのだろう。
見た目は麗しく真っ赤なバラのようなのに、中に隠されている心は、まるで毒薬だ
「お嬢様の仰せのままに」
ロボットのように動く唇には、俺の本心なのか。それとも偽りの言葉か。そもそも俺に心があると言うのか? 心とは何なのか。
感情とは、どれほどの価値があるのか。
ナイフ一本を身につけ、俺は育ての養父である男を殴り殺した。全てはお嬢様のため…と育てられてきた養父は、大した抵抗もなく、俺に殴られ、生命の終わりをひしひしと感じているようだった。
血が部屋中に飛び散る。赤い絨毯に、どす黒い液体が染み込んでいく。瀕死の養父を目の前にして、俺はただ傍観しているだけのお嬢様を見つめた。
「綺麗よ、道元坂。美しいわ。貴方のその姿。そして貴方の意思を継いだ完璧な恵を目に出来て、わたくしは幸せね」
「光栄でございます」
震えている唇から、出てくる言葉は嘘か真か。ひれ伏すように頭をさげる養父を、俺は長い足で蹴り上げた。
これで最期。
養父はもう動くこともできず、ただ全身に送り出す血液のポンプが止まるのを待つだけ。俺は満足そうに微笑むお嬢様に視線を送ってから、背を向けて歩き出した。
腰に入れていたナイフをぼとりと絨毯の上に落とす。必要なかった。抵抗する意思のない養父に、武器など用意する意味などなかった。
最期の仕上げが終わった。養父から教えられるべき内容は、もう俺にはない。
部屋を出ると手の平についた真っ赤な養父の血を俺は眺めた。壁に背中をつけて寄りかかる。
養護施設から引き取られて、4年。養父のもとで、生きるルールを教わって4年。俺は今日から、一人の人間になれた。
「全てはお嬢様のために」
俺は呪文のように呟くと、血で染まった手で拳を握った。
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