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第1話

 照らす光は淡く。  下界に広がる色とりどりの灯りに、人の活動の少なさを物語る。昼間の喧騒もまるで幻想かのように。 「……早く帰ってこい」  裾を捌いて窓辺にもたれ掛かった夏生(なつお)は悪態をついた。小さなぼやきは団扇の朝顔に静かに受け止められる。  どのくらい、そうしていたか。突っ伏したまま物音のする玄関に視線だけを放れば、目を見開いたまま呆然とするスーツ姿の男が一人。 「…………ぇ?」 「おう、おかえり」  ヒラヒラと手を振っても、反応はすこぶる悪い。  ガシャン。  手荷物が嫌な音を立てて落ちたが、大丈夫か。こちらの方が心配になる。 「ただいまくらい言え、社畜め」  行儀悪く片肘ついて半目で促すも、きれいに無視される。いい根性だ。叩き直してやる。ひそかに拳を握るも、その決意はアッサリ阻まれる。 「な、なな、夏生!!!?」 「……うをッ!?」  靴を脱ぐのもそこそこに、駆け込んできた男に力強く抱きしめられる。痛い。 「ホントに、本当に夏生かッ!?」 「……人の話を聞けぇ」  馬鹿力で抑え込まれれば身をよじることすら困難。 「夏生ッ! おかえりッ!!」 「いいっ加減に、しろッ! クソッタレ!」  しばらく好きにさせていたが、蜘蛛の糸より細い夏生の堪忍袋の緒が音を立てて切れたと同時、蹴飛ばして胸倉を掴み上げる。 「ぁあ? 抱き枕じゃねぇってンだ、疲れてるならクソして寝ろ!」 「……本当に、夏生だ」  噛みしめるように似たことばかり繰り返す男には、低く潜めた声は効果なかった模様。呆れた様子を隠しもしないで、夏生は締め上げていた首を放る。 「馬鹿か。カレンダーくらい見ろ」  呆けたように床に転がっている、デカい図体に懇切丁寧に示してやる。ああ、俺ってば親切。しかし、よく確認すれば掛けられているのは先月のまま。なんてことだ、今月はすでに半分過ぎている。 「……あ、もしかして盆?」  手荒に扱ったのに文句も言わず、やっと気づいたらしい男は声を漏らした。 「ああ、今日から入り盆だ。お前休みだろ? ほら、いいモン持ってきてやったんだ、シャキッとしろ!」  まだ引っ付いているとぐずる男をシャワー室へと問答無用に再び蹴とばして、先ほどのように窓辺に陣取る。夜景ではなく、今度は室内に目を向けて。  緩む顔を努めて引き締めながら、ウチワの朝顔を相方に待つ。  あの、真っ直ぐな目も性格も変わっていない。 「夏生ッ!!」  まるで鬼にでも急かされているかのように、大きな音と共に濡れたままの男が息を切らせて飛び込んでくる。夜なのだ。近所迷惑にならないかと、夏生は一抹の不安を募らせる。 「せっかちだな。もっとゆっくりしてこい」 「いや、居なくなったらって、思ったら……」 「さっき散々実感したんじゃないのか」  人を抱きつぶしそうな勢いで。  ため息交じりに指摘しつつも、今までの己の行いを振り返って否定できない苦さがある。 「俺はお前の母親になるために来たんじゃないぞ。ほら、屈め。拭いてやる」  素直に差し出される黒い頭にタオルドライを施す。あ、若白髪。自分の知らない時間を過ごした、苦労を見出す。 「ったく、いくら急いでたって下着くらい穿け。目のやり場に困る。……こんなモンか」 「夏生」 「ん?」 「浴衣似合ってる」 「……馬鹿、遅い」  吐息がかかりそうなほどの近くで、低く囁かれて息をのむ。照れ隠しのぶっきらぼうは、当然目の前の男には気づかれているだろう。 「四季(めぐる)のもあるぞ」  部屋の隅に放って置かれた風呂敷包みを手繰り寄せ開く。濃い色のそれは、この男によく映えるだろう。当たり前だ、自分が直々に選んでやったのだ。 「おら、着付けてやるからしっかり立て」  小気味いい音で肌を撫でる布地。上背があり、胸板もある。同じ男として魅力的だ。大変悔しいことに。  自分のすることを一挙手一投足見守る熱い視線を覚えながらも、その心地がいい。 「おお、さすが!」  襟元を正したのち、数歩下がって男前の全体像を眺めた夏生は満足に顎を引く。粋に浴衣に身を包んだ男前は、褒める自分に手を伸ばす。 「四季?」 「夏生、本当に似合ってる」 「お前さっきからそればっかりだな」  馬鹿の一つ覚えかのように、名前を呼ぶ迷子の子供のよう。 「何か摘まむか?」  呆れつつスルリと抜けて開いた冷蔵庫には、申し訳ていどの発泡酒しかない。 「雰囲気ないな」  トプ、トプ、トプ。  苦笑まじりにガラスコップとマグカップに注ぐ。窓の桟を机代わりに、どこかから四季が掘り出してきたツナ缶を一つの箸でつつきながら。  驚くほど物がない部屋に、浴衣を纏った自分とこの男だけが浮かび上がる。  精悍な横顔を盗み見て、いい男だと心の中で称える。  ちっとも掬えない金魚も、高いだけでそれほど美味くない粉ものも、着色料たっぷりのりんご飴やジュースもないけれど。  四季は、いる。 「……え、」  一瞬微かに光の射す、シャープな顔。  出所を探すために視線を向ける間に、空気を揺らす衝撃。  遅れて響く音が、予測を確実なものに変える。 「こんなところでも、花火上がるの──」  あ。と、思う頃には、鼻先が触れていた。 「……ん、ぐ……」  探るだなんて生易しいものではなく、吐息すら奪われるほどの。縮こまった舌を引きずり出され、我が物顔に蹂躙される。驚くほど真剣な瞳に、文句を飲み込む。 「……め、ぐ……ま……っんンぅ」  ひどい水音と荒い互いの息も、どこか遠い。  走るしびれと痛みに音を上げれば、咎めるように更に後頭部を引き寄せられる。見上げる滲む視界に遅れて酸欠を知らされ。喘ぐ口唇に押し戻されるようにリップ音を立てる行為に、溢れた唾液を赤面する余裕すらない。 「……ッい!」  忙しなく胸を上下する夏生の喉仏に噛みついた男は、次の瞬間にはあやすように舌を這わせる。どの感覚を追えばいいのか、夏生の乱れた髪が床を打つ。 「……ッソ、がっつく、なッ!!」  力の入らない身体を叱咤して足を振り上げれば、痛みに悶える四季ができる。 「落ち、つけ……」  相手だけではなく、盛大に余韻を引きずった己にも向けて、張り付いた前髪をかき上げる。その段階になって、浴衣を剥かれた肩に気づいて舌打ちをしたくなった。  到底逃しきれない、嫌いではない熱に溜め息ひとつ。  差し出す、手のひらを。 「不公平だ。俺にも触らせろ」 「……っぁぁあああッ!!」  高い体温と肌を楽しんだのは、はじめだけだった。 「ィっ、あ……」  総毛立って、無意識に逃げる身体を引き戻され。一瞬空を切った指先は、溺れた先の男に縋りつくだけ。肩から落とされた袖に阻まれる。  最奥を探られ、意図せず高くなる嬌声。  胸元に覚える強い刺激に、見開いたはずの眼は役に立たず。  聞こえる水音は、耳が拾うのか、それとも中から溢れるものか。 「……ぁ、あ、ぁ、……めぐぅぅ、」  蠕動を振り切るようにして回される腰に、声もない。  薄い腹を汚す、己の体液を気ままに広げられ。  ぐっ。 「……か、はっ」  内からも、外からも、刻み付けられる、男の存在を。 「……っく、」  短い呻きと共に、塗り込まれる熱い飛沫。 「なつお……」  輪郭を確かめるように、やさしく手を這わされる。  重いまつ毛から流れた己の涙にも、落ちてくる四季の汗にも肌を震わす。余韻から抜け出せない。事実、喉に引っかかったようにしゃくり上げて言葉もない。  返事のように手のひらに頬を預ければ、油を差したようなギラつく視線に出会う。 「……ぁ、」  持ち上げられ、鬱血のある白い足が自分の物だと気づいたときは遅かった。  角度を変えて、抉られる深さに瞠目しかできない。同時にあやされ、育てられる幹。  引かない絶頂から降りることを許されず、舌を噛みそうなほどの突き上げが再びはじまる。 「……ひっ……ぃ、めぐ、まっ、ぁぁああ、あっ、あッ」  ブレる視界で男を諌めようとするも、震える手を絡めただけに終わる。緊張と弛緩を繰り返し、過ぎる快感を享受するしかない。 「……ぁ、……ぁ……ぁ、ァッ」  そうして、爛れた内部に引きずられ暖炉のように熱い身体を持て余す。途切れ途切れの意識の中、夏生は四季に手を伸ばし続けていた。

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