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第2話
ふ、と。
浮かんだり沈んだり。
たゆたうのが、意識だと気づいて不思議に思う。
使えない視界に、思考だけが漂う。
『なあ、一緒に夏祭り行こう!』
『おごれよ』
朗らかに誘われ、結局違えてしまった去年の夏。
パチン。
弾けたように、クリアになる世界。戻ってきた色のある景色に目を瞬かせて、同時に背後のぬくもりに気づく。
「……めぐる。」
言葉にしたはずが、ただの掠れた吐息になるだけ。
おざなりに敷かれた布団の横には、丸められた浴衣たち。あれだけ汗やら何やらに塗れたのだ。もう着ることはできないだろう。
若干べたつくが、あるていど拭ってくれたのか。変に緊張した筋肉を自覚しつつ、腹に回された武骨な腕に指を這わせる。
夏に生きられなかった俺は、四季に生かされた。
自分の戻る場所は、四季の所ただひとつだけ。
普通の若者は盆暮れ正月は連休としての認識だけだ。事実、自分も去年まではそうだったのだ。そしてヤツは社畜。初盆も覚えていないだろう。
寂れた川で、他の者たちの迎えを眺めて落胆を隠せなかった。
せっかく新調した浴衣も無駄か。去年は結局袖を通さずに終わってしまった。
やさしい男だ。イイ人もできたかもしれない。
『クソ馬鹿匂いフェチ遅漏絶倫デカチンムッツリ……』
心赴くままに悪態を連ねた声音は、徐々にちいさくなる。
『…………でも、すき。行きたかった、なぁ』
夏祭りにではなく、あの男の元に。
位牌は実家にあるだろう。世間体を気にする彼らは、同性での恋愛に対して見ない振りを貫いた。話をする場すら、設けてもらえなかった。家人からの四季への当たりは冷ややかなものだったはずだ。申し訳ないことをした。
松の火も馬の迎えもなかった自分には、どちらにしても実家に戻ることは不可能。それ以前に、その気すら起きない。
バサッ。
ため息をついて膝を抱えたところに、ひとつの羽ばたきを拾った。
『……ハッ、ヘタクソ!』
眼を見張ったのち手を伸ばした先は、見慣れた不格好な折り鶴。
おかげで、馬よりだいぶ早く目的地に着いた。ただ待ち人が社畜だっただけ。
「……行きたかった」
ぽつりと、零れた掠れ声。
夏祭りに?
いや、
「生きたか、った……」
四季と。
先ほどまで散々泣かされたハズなのに、あふれ出す想い。
ただ、ひと目見るだけでよかった。欲はどんどん増えていく。
寝ている彼を起こしてはダメだと、食いしばった唇がこじ開けられる。
「どこにもやらない。お前は俺の夏だ」
しっかりと厚い胸に抱き込まれて、身動きできないのに歓喜する。
もう、どこにも行けない。
いつまでも夜のままならばいい。
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