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とまどいながら【航生視点】
『航生くん、大丈夫?』
そっとそっと、俺を気遣うように優しく体を揺らす手。
すぐそばにいるはずの大好きな慎吾さんの声が、なんだかやけに遠く...まるで水の中にでもいるみたいに聞こえる。
『ああ...ご飯...作らなきゃ......』
今が何時なのか、今日が何曜日なのかもよく思い出せない。
体を起こそうと力を入れてみるのになぜだかどこにも力が入らなくて、すぐにそれは断念した。
せめて慎吾さんの顔を見たくて目を開けようとしたけれど、どうやらこれも今の俺には難しいらしい。
何もかもが無駄に終わり、諦めて一気に体の力を抜く。
そんな俺の体にフワリと布団をかけ直すと、そーっと慎吾さんの気配が俺から離れていった。
『航生、どう?』
小さく窺うように聞こえるのは勇輝さんの声だろうか?
『起きたんかと思うてんけど、まだやっぱり寝てたわ。さっき熱測ったら39℃あってんけど...早めに病院連れてったほうがええんかなぁ......』
熱?
ああ、そうだったのか...俺、熱があるからこんなに体が動かないのか。
なんとなく家に帰ってきた辺りの記憶が甦る。
仕事してる最中にひどく頭が痛みだして、なんだかちょっと寒気までしだしたから、今日は買い物もしないで帰ってきたんだった。
いつもみたいに『航生く~ん、おかえり』って笑顔で迎えてくれた慎吾さんに笑顔も返せないでベッドに直行しちゃって......
たぶんそのまま寝入ってしまったんだろうけど、なんだか慎吾さんに悪い事をした。
甘えん坊の慎吾さんが寂しがってやしないかともう一度体を動かそうとしてみたけど、やっぱり思うようにはならない。
『今から病院連れてってもすぐに診てもらえるとは限らないからなぁ。とりあえずこのまま少し様子見て、熱が今より上がるようならまた連絡して。知り合いの先生に往診頼んでやるから』
ダメダメ。
勇輝さん、病院なんていらないですよ?
俺、今までどんなに熱が出たってゲロゲロ吐いてたって、こうやって眠って治してきたんですから、大丈夫ですって。
お願いだから、大袈裟な話にしないでください...これ以上慎吾さんに不安な思いをさせたくありません......
『往診なんて頼めるん?』
『おう、実は最近河野先生と連絡取ってんだよ。だから、そこは心配しないで甘えていいから』
『河野先生!? そうなん? あの河野先生なんや...ありがとう、ホンマありがとう。俺一人やったら、どうしたらええんかわかれへんかった...航生くん守ってあげる事もできひんところやった。もしこのまま航生くん目ぇ開けへんかったら...どうしようって......』
慎吾さん、泣かないで。
あなたが泣いたら、泣かせた自分が許せなくなっちゃうんです。
俺は大丈夫ですよ。
大丈夫ですからね。
『バ~カ、今お前がしっかりしなくてどうするよ。一番しんどいのは航生だろ? とにかく水分しっかり取らせて、あんまり汗がひどいようなら時々着てる物替えてやるようにな』
『うん、わかった。ほんまにありがとう』
パタパタと小さな足音が遠退いていき、玄関のドアの閉まる音が響いた。
そしてすぐにまた、スリッパのパタパタという音が近づいてくる。
こんなに人の動く音って大きい物だったんだな......
慎吾さんと二人でいるといつもどちらかが何か話してて、それを聞いてずっと楽しくて可笑しくて、ケタケタ笑ってるもんな。
こんなに静かになった事なんてなかったから、改めて少し驚かされる。
元々はシンと静まり返った部屋の中だけが俺の世界だったのに。
勇輝さん達と出逢い、慎吾さんと暮らすようになるまでは...俺は笑い声なんてまるで無い世界に生きていたというのに。
『航生くん......』
小さな声と共に、額に冷たいタオルが乗せられた。
熱を下げるには、頭じゃなくて首とか内腿を冷やした方がいいんですよ...なんて可愛いげのない事は言わない。
効く効かないは別として、額に乗せられたタオルは間違いなく気持ち良かった。
『俺、気付いてあげられへんでごめんね...こない調子悪かったやなんて......』
慎吾さんの指が、そっと首筋に触れる。
タオルを冷やしていたからなのか、その指先はずいぶんと冷えきっていて、でもだからこそそれが心地よかった。
「慎吾...さん...大丈夫です...寝とけば...治ります...からね......」
冷たいタオルのおかげか、ようやく掠れながらも声が出る。
ゆっくりと目を開くと、俺の顔を覗き込むように窺っている半泣きの慎吾さんと目が合った。
これ以上心配させたくない...帰った時には作れなかった笑顔を必死に向ける。
不安げながらもその口許に微かな笑みが浮かんだのを確認すると、俺は改めて目を閉じた。
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