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どんなあなたでも大好きです
今日は二人ともオフで、昼過ぎに起き出してイチャイチャまったりしていた所を、突然の一通のメールに邪魔をされた。
それは航生くんに届いた物で、送信者は木崎さん。
そこには『とにかく本社に来てくれ』と書いてあり、イチャイチャの延長線で既に反応しだしてたお互いの下半身を見てため息をつく。
『忙しいから今は無理』って返事をする事もできると思う。
そう言うたからって怒られる事は無いやろう。
正式に引退の日時が発表になって、俺も航生くんもメチャメチャ忙しいこの時期の、貴重な休日や。
正直誰にも邪魔されたない。
せえけどこの時期やからこそ、木崎さんの呼び出しの内容が気になる。
引退の為のイベントやらメディア出演やら、そんなんの打ち合わせを始めたいって話かもしれんし。
せえけどそれやったら、航生くんだけ呼ばれるんはおかしな話や。
もしかしたら、あまりにも航生くんの人気が高いから、引退の時期をもう少しずらして欲しいって話なんかも。
これは以前からの約束やったんやし、できれば一緒に引退したいところやけど...ゲイビモデル以上に人数の少ないAV男優で、おまけに人気雑誌や地上波のテレビからも声のかかるほどのトップ男優。
ビーハイヴ側が航生くんの引き留めにかかるんも仕方ない事かもしれん。
出される話の内容がええもんでも悪いもんでも、まずは早めに聞いた方がええんちゃうやろか。
気になってたんは航生くんも同じみたいで、わざとらしく大きなため息をつくと、一回パンツの中を確認して立ち上がった。
「そんなに遅くはならないと思いますけど、もし腹減ったら冷凍庫に入れてある焼きおにぎりでもチンして食べといてください」
座ったまんまで航生くんを見上げる。
航生くんはいつもと変わらん顔でニコッと笑うと、ちょっと背中を丸めて俺の唇にキスを落としてきた。
「大丈夫ですよ。きっと悪い話じゃないですから」
俺を安心させるみたいにギューッと抱き締める航生くんの背中を、『大丈夫』って伝える為にトントンて叩く。
航生くんはもう一回チュッてキスすると、黙って着替える為に寝室へと入っていった。
**********
どんな話をしてるんやろう...そんな俺の心配が全くの杞憂に終わったんは、航生くんが出ていって1時間もせんうちやった。
いともあっさり、航生くんが帰ってきたから。
本社までタクシーを使ったとして、片道だいたい20分てとこやろうか。
往復と考えたら、向こうにおったんは10分も無いんちゃうやろうか。
そんな短時間で何の話ができんねん...とは思うたけど、部屋に入ってきた航生くんの顔がちょっと強張ってたから、何の話もしてへんてわけやないと思う。
少し気持ちを落ち着けたろうとキッチンでハーブティーの用意を始めたとこで、航生くんが俺の隣に立った。
せっかく出したマグカップを片付け、代わりにいつもの切子のグラスを取り出す。
「航生くん、まだ夜ちゃうで? 飲んで大丈夫?」
「あー、はい...ちょっと飲みたいって言うか...飲まなきゃやってられないって言うか......」
短い時間ではあっても、やっぱり何か嫌な話でもされたんやろうか?
到底聞かれへんような無理難題を押し付けられて、ぶちギレて帰ってきたとか?
いや、あの木崎さんが航生くんに対してそない無茶な話をするとは思われへん。
それに今の航生くんの顔は怒ってるってより...なんか、照れてるみたいに真っ赤っかや。
「航生...くん?」
「はぁ...えっとですね...ちょっと今からDVD...観ましょうか?」
「ん? 何、いきなり?」
キョトーンとしてるやろう俺の前に、航生くんがポンてDVDのパッケージを置いた。
そこには、満面の笑みで抱き合ってキスしてる俺と航生くんの姿。
そして『フィクション?ノンフィクション!』と大きくロゴが入ってる。
「こ...れ?」
「はい、ようやくパイロット版ができたんで、俺らに確認して欲しいんだそうです。もうモザイクなんかの処理は終わってるから、俺らのオッケーが出次第ビデ倫にこれ提出して、許可が下りたらすぐに生産に入るって」
「これって...あの時のビデオ?」
もう3ヶ月ちょっと前になるか。
あの最高に幸せで、ほんまに興奮しまくった夜の事を思い出す。
世界中からオファーの続いてる中村さんと一緒に海外に行っていたアリちゃんが本格的な編集作業になかなか入れず、出来上がりはずいぶん遅れてた。
とうとうあのビデオが出来たんやって思うとなんかメッチャ嬉しいんやけど...でもやっぱりちょっと恥ずかしい。
ベッドでの乱れまくってるやろう自分を見るんは勿論やけど、それより何より...やっぱりあのインタビューが......
そこまで考えて、ようやっと航生くんのさっきの強張った表情や、飲まなやってられんて言葉の意味がわかった。
絡みの場面はともかく、航生くんも自分のインタビューがどう編集されてるかも、俺が何を言うてるかもわかれへんから緊張してんねや?
そう思うと、自分のインタビューの事もやけど、航生くんの話した内容が気になってドキドキしだす。
「お、俺も...ちょっと飲んでええ...かな...?」
頷く航生くんに引きつりながら笑いかけると、俺はハーブティーを片付けて冷蔵庫からジーマのボトルを取り出した。
**********
中身は2枚組になっててちょっとびっくりした。
航生くんは一番気になってたらしい、俺らの絡みの入ってる方のディスク2をデッキにセットする。
編集に参加してたくせにって言うたんやけど、なんか航生くんが参加させてもうたんは使って欲しない部分のカット指示くらいやったそうで、実際にどんな映像になってるんかは教えてもうてないらしい。
ディスクの読み込みが終わった瞬間、何故か画面が2分割になった。
それぞれの画面に、航生くんと俺のこれまでの出演作の本番シーンがフラッシュみたいに次々と映し出される。
航生くんは甘く優しく、時折青臭く激しく女優さんを攻めたててた。
俺は喘がせ喘がされ、感極まったように唇を噛み締めてた。
二人がフィニッシュを迎えたところで分割されてた画面が一つに戻る。
そこに映ってたんは、俺らの部屋のベッド。
その上で俺は、航生くんに組み敷かれてた。
行為が激しくなる中、時々チラリチラリとカットインしてくる俺や航生くんの横顔。
最初に俺らの出演作がダダダーッて流れた意味がわかる。
俺の顔が全然違う。
甘えてて幸せそうで、ほんまにイヤらしい。
航生くんも全然違う。
逞しいて優しいて、でもちょっと意地悪でイヤらしい。
......あ、すごい...
航生くんは、こんな顔で俺を抱いてんねんな...俺はこんな顔で航生くんに抱かれてんねや。
ほんで二人とも、あの時こない幸せそうやったんやなぁ。
手にしたジーマを飲むのも忘れて、画面を食い入るように見てしまう。
あの幸せな時間が俺を包み込んで、身体中がポカポカしてきた。
......まあ、自分のビデオやってのに立派にチンチンが反応してきてて、ちょっと恥ずかしいんやけど。
「どうですか...?」
「どうって?」
「まさか自分の他の作品までわざわざ使われるとは思わなかったんですけど...でも、俺が慎吾さんとセックスしてる時の顔と比べやすかったでしょ?」
「......うん...全然違う...ほんまに違う...」
「だって、俺が本当に欲しいのは慎吾さんだけだから。俺の欲望そのまんま出てる顔ですもん。他の誰にも見せる事の無い顔ですよ」
そうや...それを俺に見せたいからってこのビデオの話を引き受けてくれたんや。
俺だけの特別な顔見て、下らん事で悩む事が無いようにって。
なんかちょっと泣きそうになってもうて、俺はそっぽを向きながらジーマを一気に煽った。
編集にも満足いったんか、航生くんは次の『ディスク1』と入れ替える。
そこにはあの日のアリちゃんを交えて3人での楽しそうな笑顔。
買い物行ってバタバタしたり、飯作ったり酒飲んだり...ほんまに、ほんまに心から楽しんでるって顔やった。
ここで画面が暗転し、中央には航生くん一人が映る。
そして投げ掛けられるアリちゃんからの質問。
それに丁寧に、時に迷い照れながらも真剣に紡がれる航生くんの言葉。
もう堪えようとしても、涙が抑えられへん。
アリちゃんが俺らを『運命の相手』なんて呼んでた意味がわかる。
あれは、面白がったりからかったりして言ってたんやない。
俺らは、ほんまに......
続いて画面の真ん中には俺。
今度は俺の回答に、航生くんは口許に当てたまんまのグラスをテーブルに置く。
大きく開かれた目からはポロポロって涙が溢れて、じきにヒック、ヒックとしゃくり上げる声まで聞こえてきた。
「航生くん......」
「......慎吾...さん...俺、俺...慎吾さんが...慎吾さんが大好きです。本当に...本当に...あなたに出会えて...良かった...」
「俺も...俺も航生くんが好き...ずっとずっと好きやった...嘘ついてて...ゴメン」
「慎吾さん...抱きたい。今すぐ慎吾さんを抱きたい...お願い、抱かせて......」
「俺も航生くんが欲しい...航生くんでいっぱいにされたい!」
言い終わる前に航生くんが俺の膝の裏側に腕を通して抱き上げてくれる。
俺は手を伸ばし、DVDプレーヤーのスイッチを切った。
俺達はDVDの内容にオッケーを出した。
ただし、タイトルの変更だけをお願いして。
そしてそれから3週間後、無事にビデ倫の審査を通過した俺達最後の共演作がビーハイヴのホームページ上で発表になった。
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