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フィクションの中のノンフィクション【44】
【慎吾視点】
全身の力が抜けて、ピクンピクンて痙攣してた。
ちゃんと息してるはずやのに、なんか酸欠でも起こしてるみたいに頭の中には靄がかかってる。
俺の体を支えてた航生くんの腕がそーっと抜かれ、同時に静かにドアを開ける音とまっすぐに射し込んでくるリビングの光。
......アリちゃん...出てったん...かな...
声をかけたい気持ちはあるんやけど、今はそっちを向く事も声を出す事もできへん。
「抜きますね」
航生くんの声は、もういつもの優しいトーンに戻ってた。
さっきまで中で暴れ回ってた航生くんのチンチンも、今はだいぶ大人しなってる。
ズルズルってゆっくりと引きずられる感覚に思わず『行ったらあかん』て引き留めるようにキュッて力が入ってもうて、俺の上からちょっとだけ息を詰める気配がした。
でももう引っ掛かる所も無いんか、俺の微かな抵抗なんてものともせずそれはグチュッて小さい音と共に出て行ってまう。
めっちゃ恥ずかしいけど自分でもわかる...航生くんが出てったとこ、寂しいてポッカリ穴が開いたまんまや......
パクパク息をして、寂しさで涙流すみたいにそこからオイルが滲み出していってんのがわかる。
「すいません...ちょっと赤く腫れちゃいました。薬塗っておきましょうね」
その言葉通り、ずっと繋がってた場所はズクズクと熱く疼いてた。
せえけど、今の俺には薬なんかいらんのに...他にもっと欲しいモンがあんのに......
俺の飛ばした汁とか多少はヌルつくオイルとか、そんなんを丁寧に拭い取ってくれた航生くんは、まだヒクヒクして熱を持ってる所にそっと触れた。
優しい手付きで縁と、あとは開きっぱなしの粘膜の浅いとこに軟膏を塗ってくれる。
「航生...くん......」
精一杯の呼び掛け。
ベッドの脇に立ち上がった航生くんは、急いで下着とデニムに足を通してる。
ぼんやりとしか見えへんけど、やっぱりめっちゃカッコええ......
ほんまにぼんやりなんやけど、後ろ姿だけでも...めっちゃカッコええ......
そう考えると同時に、服を着た姿は俺にあの幸せな時間がほんまに終わってもうた事を実感させる。
寂しいて寂しいて...さっきがあんなに満たされてたから余計に...体にも心にもポッカリ穴が空いてしもうた。
航生くんは枕元にしゃがみ込んでなんかしてる。
「航生...くん......」
そばに来た事で、航生くんはようやく俺の掠れた小さい声に気付いたらしい。
手にしてた何かをサイドボードに置き、俺の方に向いてくれる。
「なんで...泣いてるんですか?」
目尻をゆっくりとなぞる綺麗な指。
続いて、あの形のええ唇がそこにそっと押し当てられる。
なんで泣いてる...か?
そんなん俺にもハッキリわかれへん。
泣くような事なんてなんも無い。
そんなんわかってんねん。
せえけどなんか...なんか......
「寂しくなっちゃいましたか?」
航生くんがポツッて小さく呟いた。
目尻にあった唇は瞼へ、額へと少しずつ移動していく。
「さっき、すごい幸せでしたもんね...俺、あんなに慎吾さんに求めてもらえてめちゃくちゃ興奮しましたもん。アリさんがいるの、一瞬完璧に忘れてました。ほんと俺、一生射精しなかったら一生こうやって慎吾さんの中にいられるのになぁとか考えたんですよ?」
額から鼻の頭へと下りてきた唇は、チュッて俺の唇を掠めた。
まだ力の入れへん腕をようやっと上げて、目の前の唇に触れる。
「めっちゃ...幸せやったな...ほんまに。あのまんま...時間止まったら良かったのに...航生くんがずーっと俺の中に...おってくれたら...良かったのに......」
「時間なんて止まったらダメですって。慎吾さんと俺、もっともっと幸せになって、最高に幸せでエッチなおじいちゃんにならないといけないんですから」
「もっと? もっと幸せ? あれより幸せな事なんて...あんのかなぁ...?」
「ありますよ。少なくとも俺は慎吾さんといて、毎日毎日幸せ噛み締めてます。昨日より今日のが幸せだし、今日より明日の方が幸せになってるはずです。だから俺と一緒にいたら、慎吾さんも明日はもっと幸せになりますよ」
航生くんが言うなら、きっとそう。
航生くんが幸せなんなら、俺も絶対幸せ。
そう思わせてくれる航生くんが...やっぱり好き。
「ここのカメラ、アリさんに渡してきますね。慎吾さんはこのまま横になっててください」
ちょっと声出すんが億劫になってきて、首だけ小さく横に振ってみせる。
航生くんはフッて笑って俺の体にフワッてタオルケットを掛けてくれた。
そばに持ってきてたペットボトルを手にすると、そこに口を付ける。
そのまま俺の顔を両手でしっかりと包むと、またそっと唇を合わせてきた。
隙間から温うなった水がチョロチョロと流れてくる。
俺はその水を素直にコクコクと飲み込んだ。
口の中の水が全部無いなったんか、最後にジュッて俺の唇を強く吸うと航生くんはゆっくりと離れていく。
その顔はやっぱりぼんやりとしてたけど...なんかさっきより、ちょっとイヤらしいに見えた。
「アリさんはちゃんと俺がお見送りしてきます。だからね、慎吾さんはとりあえずそのまま体力回復させといてください」
「......え?」
「さっきより幸せにしたげますよ。ううん...さっきよりもうんと幸せになりましょ。今日より明日が幸せ...なんて言ってられない感じなんです、俺。だからね、さっきよりも...今から幸せになりましょうよ...ね?」
航生くんの言うてる意味がわかってきて、また顔にも体にもブワッて熱が広がってくる。
カメラを手に俺に背中を向けた航生くんを見ても、もう寂しいとは思えへんかった。
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