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コーヒータイム
「何の匂い?」
キッチンでリョウが鼻歌を歌っていたら、のっそりとアヤが入ってきた。
「ん? コーヒー淹れてるねん。飲むやろ?」
「うん、でもいつもと何か違う」
すん、と鼻を鳴らすアヤに、リョウが少し得意げに話しだす。
「オーダーメイドの豆挽いてもらってみてん。俺ら二人をイメージした、ふっくらとして甘みがあって、フルーティで、それでいて深いコクがあって……」
リョウがうっとりと悦に入って喋り続けるが、残念ながらアヤはもう聞いていない。コーヒーの味なんて苦みのみだろう、それが悪いとは言わないが。甘みとかフルーティとか、意味がわからない。ふっくらって何だ。アヤの頭の上にはいくつも疑問符が浮かんでいた。そんなことを考えている間にも、香りはより一層強くなってくる。リョウが湯を注ぎはじめたのだ。豆そのものから香ってくるのとはまた違う、蒸気に乗って流れてくる香り。無意識に鼻腔がその香りを欲し、またすん、と鼻が鳴る。
「ええ匂いやなあ」
リビングに移動し、おそろいのカップがローテーブルに並ぶ。
澄んだ琥珀色の液体からは、なおも魅惑的な湯気が立つ。その前に二人も並んで座る。
「こないだサーフィン行った時、感じのええ店入ったやろ?」
「ああ、俺が勝った日に入ったカフェ」
「勝ったんは俺やけどな。あのお店で挽いてもろてんで」
しばし無言で睨み合った後、二人同じタイミングでカップに口をつける。
「はぁ~おいし」
リョウが吐息混じりに、満足げな声を上げる。豆もさることながら、自分の淹れ方にも賞賛しているかのような、そんな口ぶり。
アヤもひとたび口に含めば、頭ではわからなかったリョウの言っていたこと、味蕾で全て理解した。なるほど、と膝を打ちたくなるような。
「ほんとだ、うまいね」
「んふふ。気に入ってくれた? 俺らのように甘々らぶらぶスイーティーでぇ、深い絆イコールコクでぇ」
アヤはリョウの話をまた脳内でフェイドアウトさせ、目を閉じ、嗅覚と味覚のみに神経を集中させた。苦みはほんの一瞬。コクがあるにもかかわらず刺激がない、優しく包み込むような味わいは、二人の、と言うよりリョウのイメージに近いかもしれない、そんな風に思った。
「酸味が全然ない」
「せやろ。アヤあんまり好きやないって言うてたから、そこも話しといてん」
抜かりはありませんぜ、と得意げに笑うリョウに、思わずアヤの頬も緩んだ。
あっという間にカップは空に。飲んだ後の後味もさっぱりとしたものだ。
「味も香りも、いろんなのがあるんだね」
「ほんまになあ。また行ってみよっかな。今度は俺専用のすっぱーいやつ挽いてもらおかな」
「うん。また行こう」
アヤが答えると、リョウは嬉しそうに満面の笑み。そして
「でも俺はやっぱり、この匂いが一番好き!」
アヤに抱きついて、首筋に顔を埋めた。
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